工藤建設(株)の取締役会長で、県ゴルフ協会新会長に就任した 工藤 次郎さん 新石川在住 67歳
「発起人」魂、胸に秘め
○…ゴルフ協会の立ち上げに神奈川県内を奔走した40代前半。「当時、国体の種目にゴルフが決定して、みんなに開かれたスポーツにしたくて」。競技人口の少なかったゴルフの地位を大衆スポーツに押し上げようと尽力し、25年以上が経過した。8月1日には黒岩裕治知事にゴルフ利用税の撤廃を求める要望書を提出。「幅広い世代向けの競技になるように環境を整えていきたい」
○…大学生のとき、「子どもができて、勉強どころじゃなくなった」。13歳年上の兄が創業した工藤浄水工業所へ。「東京五輪後の好景気にも乗り、やり切れないくらい仕事があった」。しかし、メーカーの既製品の台頭もあり、浄化漕の設置から、鳶、土工、宅地造成など建設業全般を請け負うように。「兄と二人三脚で無我夢中にやってきた」。社員約500人を擁する上場企業、新石川にある工藤建設(株)の「礎」を築き上げた。
○…宝物は甲子園の土。山内小4年生のときに地元野球チームに入団した。「中学は野球部がなくて、仲間を集めてつくったよ」と山内中野球部を発足。中学3年生で区大会を制し、高校野球の強豪、武相高校へ。「練習中は水も飲めないし、とにかく厳しかった」。休みは元日だけで、約120人の同級生は高校3年時には18人に。「それでも教科書や鞄に『甲子園の土を』とみんな書いてね」。高校最後の夏に念願の夢が叶う。「この土を見れば、仕事で苦しくても頑張れるし、いいことがあると感謝できる」。心と体を鍛え抜いた青春時代の証が、この土に宿る。
○…「ゴルフは技術の前に、マナーとエチケットが大切」。旭区の戸塚カントリー倶楽部ではドレスコードなどをチェックするフェローシップ委員長として競技者のマナーに気を配る。今後は五輪種目に返り咲いたゴルフの普及に力を注いでいく。「東京五輪に出場する子どもを神奈川から誕生させたい」。その表情には一点の曇りもない。
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