港北区 人口増加の要因は? 市の伸び幅は戦後最低
横浜市は先ごろ、2011年の人口増加の伸び幅が戦後最低となったと発表した。これに対し、港北区の人口はこれまで通り増加しており、12年と11年対比で2636人増で(3月1日時点横浜市統計)、近年も2500人前後ずつ増え続けている。要因を探ってみた。
横浜市の2011年の人口増加数は前年比で2218人と戦後最低の伸び幅となっている。一方、港北区は人口減や微増の行政区が圧倒的に多い中、都筑区に次いで2番目に多い伸び幅になっている。
港北区の人口は1939年の区誕生以来、戦中・戦後や緑・都筑区の分区を除き、増加を続けてきた。1990年に30万人を越え、現在も市内最多人口だ。2005年度国勢調査の結果に基づいた推計によると、横浜市の人口は2020年をピークに以後減少していくのに対し、港北区はそれ以降も人口が増え続け、2045年ごろまで緩やかな増加を続ける見込みだ。区統計選挙係山本智係長は「人口の増加はマンションなど住宅の新設が続いていることが起因している」と話す。実際に2010年度の住宅着工戸数は2973戸で市内最多。東急東横線沿線のため都心へのアクセスがよく、その利便性から区内の物件は人気を得ていると考えられる。
工場跡地が受け皿に
住宅増加の要因の1つとしてさらに考えられるのが、製造業の事業所や工場の転出により、マンションや住宅が建てられる土地が確保しやすい環境にあることが挙げられる。樽町や新羽、高田などには現在でも横浜市内でも最多の556(2010年現在)の製造業事業所がある。しかし、その数は10年前に比べると3割以上減少している。実際、トレッサ横浜付近の樽町の工業地帯では工場がマンション・住宅化されるケースが多く見受けられる。
そうした現状のなか、別の動きもある。区では、製造業が活発ながらその魅力が区民にあまり認知されていないとして、今年度初めて「ものづくりのまち魅力発見事業」に700千円を充てた。来年1月ごろには区民が区内中小企業の工場をめぐるツアーを予定しており、製造業を港北区の魅力の1つとして伝えるほか、周辺住民との相互理解を深め、転出を抑止したい考え。前段階として、区が中小企業の工場を取材し、広報などで順次発信もしていく予定という。
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