最新号:2010年9月 2日号
2010年7月15日号
○…瀬谷区食品衛生協会の会長を務め23年。食中毒防止など食品衛生の向上を目指して活動し、今年で設立40周年を迎えた。8月5日には瀬谷駅北口で食中毒予防キャンペーンを開催する。区内の協会加盟店では1999年以来11年間食中毒事故を起こしていない。「今後も会員それぞれ自主管理を徹底して、食中毒を絶対に起こさないよう努めていく」。
○…新潟県出身。「実家は農家。農家の仕事が嫌で家を出た」と、17歳で横浜に。大衆食堂の板場の職に就いたが、そこで寿司職人と出会ったことを機に、寿司の道を歩みだした。「見習い時代は、『見て覚えろ』の世界。まずゲンコツでした」と笑う。「こっちも負けず嫌いで悔しいからシャリの握り方を、おからで練習していました」と懐かしむ。
○…寿司職人として横浜市内を中心に何店舗か経験したのち、26歳の時に三ツ境駅南口の中央通りに「銀寿司」を構えた。「夫婦2人で始めました。歩いて出前に行ったりしていましたよ。長男が2歳の時で子育てしながらだったから、“うちの”も大変だったと思う」と、同郷の夫人を思いやる。「若い時はお客さんとケンカしたこともありますよ」と笑うが、「美味しく、楽しく食べてもらって、お客さんに愛してもらうために頑張っていました」。5年ほど経ち、新たにうなぎの店「銀」を三ツ境の富士見通りに開店した。「こだわりは炭火で柔らかく焼くこと。そしてタレ。修業時代に勤めていた老舗店のタレを引き継いで、この土地に合うように改良して提供しています」。
○…「ここまで来るのに、本当に色んな人に助けられてきた」と振り返る。2店舗は息子2人が継ぎ、親子で今も地域に美味しい味を提供し続けている。「これからも、銀の味を維持して引き継いでいきたい」と話し、「夫婦2人元気でやっていければ本望」と優しく微笑んだ。