火災で焼失後、氏子や地域の住民や企業の寄付により再建が進められていた品濃白旗神社(椎木葉子宮司=今号人物風土記)の社殿が完成し、これを祝う「御社殿御造営竣工奉告祭」が10月20日に執り行われた。
2007年12月13日、旧社殿が不審火により全焼。その後まもなく、神社を長年支えてきた斉藤孝二さんと縄島召冶さんから再建を求める声があがり、09年2月には氏子を中心に再建委員会(長谷川昭一委員長)が発足された。
これまでと同規模の社殿の建築や運営に必要とされる額は9000万円。同委員会では神社周辺約8000世帯に奉納金を募る文書を配布したほか、地元有力者にも協力を呼びかけた。その結果、保険金を含み目標を上回る1億円が集まった。
また、委員会では毎月のように会議を開いて建設会社の選定や工事工程を確認。建築構造についての協議では耐火性や耐震性に優れた鉄筋コンクリート造を望む意見もあがるなか、趣のある木造を望む声が多数を占めたという。
誰にも愛される神社に
木の香り漂う真新しい社殿で行われた奉告祭には、氏子など関係者約20人が列席。本殿外陣(げじん)の扉を開ける「開扉(かいひ)」、供え物を捧げる「献饌(けんせん)」など、厳粛な雰囲気のなかで儀式が行われ、境内にはカメラを手に様子を見守る地域住民も。夫婦で見学していた前田町在住の秋山順三さんは「これで正月もお参りに来れますね」と再建を喜んでいた。
その後行われた式典であいさつした椎木宮司は、「社殿を失ったが、火柱がまっすぐ立ち上り被害が最小限にとどまったことは不幸中の幸いだった」と当時を振り返ったほか、再建については「地域の皆様のお心のままに竣工できた」と感謝の言葉を述べていた。
また、信仰だけでなく芝居観賞など娯楽の場としても幼少時代から神社を利用していたという長谷川委員長は、「近隣の住民や企業から多額の寄付が集まり、以前にも増して立派な社殿が建った。誰にも愛される神社の門出の日」と話した。
1256年創建の源義経を祭る同神社。過去には関東大震災で罹災し、社殿が倒壊しながらも氏子が無事だったことから村人が感謝を込めて再建した歴史をもつ。同委員会総務部会長の笠原美和さんは、「当初は多額の費用が集まるものかと悲観的だったが、よくぞここまで来たという思い」と感慨深げだった。
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