平戸白旗神社(平戸町)で9月18日に行われる例大祭で、源頼朝の遺髪が3年ぶりに公開される。同神社は頼朝を御祭神とし、遺髪は鎌倉市にあった相承院から送られたと伝えられており、現在は隣設する東福寺に保管されている。当日は午後1時からの式典後、開示する予定。同神社の三上崇宮司は「地域の方にぜひ知っていただきたい」と話している。
平戸白旗神社に伝わる「御神体」
三上宮司によると、「頼朝公遺髪」と書かれた箱の中には、「金襴緞子(きんらんどんす)の錦織の袋」があり、その中に遺髪が納まっているという。
同神社では宮司や禰宜(ねぎ)が常駐していないこともあり、遺髪と送り状は、東福寺が寺宝として管理してきた。
長年一般には公開されていなかったが、9年前に両寺院の総代から「地域の皆さんに見せよう」という声があったこともあり、以来3年に一度のペースで、例大祭に合わせて公開するようになった。
例大祭当日は、東福寺で読経ののち、国道1号を通り同神社に運ばれ、開示される予定だ。
1302年からの縁
同神社は頼朝の死から約100年後の1302年、東福寺の「守り神」として建てられた。歓請(神仏の分霊を新たに迎えること)をしたのは、鎌倉市にあった相承院の僧侶・智円(ちえん)だ。
この相承院は鶴岡八幡宮(当時は鶴岡八幡宮寺(・))に仕えて天下の安穏を祈り、社役を務める「鶴岡二十五坊」のひとつ。この中でも有力な寺院といわれており、のちに、頼朝の遺髪を安置する法華堂を管理する役を任されていたという。
時は経ち1769年、東福寺の住職だった慶巌(けいがん)の懇願により、相承院の密信という住職が、安置していた遺髪の一部を送付した。これが同神社の御神体として今に伝わっている。遺髪と共に保管されている送り状には「今般右大将家御鬢髪(びんぱつ)三筋相送候 此度東福禅寺慶巌の希望に因る者也」などと書かれている。
「900年前の声が聞こえるよう」
同神社の境内は、本殿に向かって左右に細い道が伸びている。三上宮司によるとこれが武蔵国に続くかつての鎌倉古道で、鎌倉人の生活道路だったと考えられるという。「夕暮れ時に目を閉じれば900年前の人の声が聞こえてくるよう」とほほ笑む。「平戸白旗神社は由緒ある所。ぜひ例大祭を機にお越しください」と呼びかけている。
9月18日に行われる平戸白旗神社の例大祭では遺髪の公開のほか午後6時からは地域住民参加の大道芸大会を実施する。前日の17日は宵宮祭。隣接する平戸町公民館で、飛び入り自由のカラオケ大会が行われる。
9月10日には国道を練り歩く神輿渡御を開催する。
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