最新号:2012年2月 9日号
2010年8月19日号
演歌 地でいく波乱の人生
○…「舞ちゃんまた来てくれたの」と迎えてくれる満面の笑顔。老人ホームなどで歌や踊りの慰問をして、何よりも嬉しさを感じる瞬間だ。「私たちは何処へも行くことが出来ないから、来てくれるのが楽しみ」と訪問を心待ちにしてくれているという。「夫の闘病中にたくさんの人に助けられた。せめて恩返しをしたい」と始めたこの活動は、今年で12年目に突入した。
○…辛さや悲しさを感じている人たちに「何かしたい」と思う“癖”は、自身の体験と無関係ではないだろう。幸せからは程遠かった結婚生活。2人の子どもを連れての家出。子どもを兄夫婦に預け、仕送りをするため、ひとり長野の温泉旅館に住み込み必死で働いた日々。「もう、二度と立ち上がれないと思った時も何度もあった。子どもがいたからこそ頑張れた」と振り返る。やがて毎年旅館に来ていた神奈川県の男性と再婚。「けんかなんてしたことない。所帯を持つとはこういうことかと思ったねえ」。わずかな秋田訛りの言葉から夫への愛情がにじむ。
○…「折々に会う人がみんないい人だった」とぽつり。雇ってくれた旅館の女将さんらだけでなく、故郷・秋田を逃げるように飛び出してきた時に出会った新宿駅の駅員さんにまで感謝の気持ちを忘れない。「私はセカンドバッグ1つにサンダル履き。ワケありの身なりだったが、切符売り場を親切に教えてくれた。名前を聞いておけば後からお礼が言えたのに」。何十年も前のたった1度の親切を感謝し続ける義理深さ、誠実さが幸せを手繰りよせたのかもしれない。
○…シングル「おんなの暦」という歌は、自身で作詞も手がけた。演歌を地でいく波乱の人生を生きてきたからこそ書けた歌詞だ。「歌はまだまだ。感情を歌で表現するのは難しい」と気を引き締める。「1人でも喜んでくれる人がいる限り、歌い続けます。必要とあれば何処でも行く」。恩返しはまだ始ったばかりだ。