物語でめぐる金沢 「金沢八景」(曽野綾子『わが恋の墓標』所収 新潮文庫)文・協力/金沢図書館
女主人公の俊子が育ったのは、石川県の金沢でした。つつましく堅実な暮らしをしている俊子の家に比べ、同級の千枝の家は地元で知られる名家でした。白山に連なる山々と犀川の河原を眺望する千枝の家は、高台に住むことを夢見る俊子の憧れでした。時を経て、二人は結婚し、東京に移りますが、千枝の家はやはり松の古木の向こうに東京の町がかすんで見える高台にありました。
終戦後の混乱の中で病気の夫を支えるため俊子は働きに出ます。証券会社の外交員になった俊子に、夫を亡くした千枝が窮乏し、横浜の金沢八景に転居した話が届きました。ある日、俊子は金沢八景を訪れます。一張羅の黒のスーツ、胸元には三粒の真珠が並ぶブローチを付け、俊子としては最上と言える服装でした。千枝の家は坂の上にあり、六畳二間の小さな借家でしたが、入江を見晴らす日当たりのよい場所にありました。かみ合わない会話の後、家を辞した俊子は、ブローチがないと気づきますが、見送りに出た千枝はブローチを探すふりをしながら、家の中へと姿を消します。大切なブローチを失くした俊子は、怒りか悲しみかわからない気持ちを抱えたまま、坂を下りて行きました。最後は、「金沢八景の海につき出した料亭らしい家の窓にあかあかと電燈がついているのを、俊子は悪夢のように感じた。」と終わります。
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