物語でめぐる金沢 「冥府回廊 上・下」(杉本苑子、日本放送出版協会刊)文・協力/金沢図書館
『冥府回廊』は『マダム貞奴』とともに、昭和60年のNHK大河ドラマ『春の波濤』の原作となった作品のひとつです。房子を壇ふみさん、貞奴を松坂慶子さんが演じました。
福沢諭吉の次女房子とその夫で婿養子となった福沢桃助、女優の草分けといわれる川上貞奴、その夫で新派劇の基礎を作った川上音二郎、時代と各々の人間模様がこの両作品で房子側と貞奴側の視点から、それぞれに描き出された形になっています。金沢は物語の終盤、富岡のあたりの様子が出てきます。
大東亜戦争のおり、房子が疎開の意味で移り住むのが富岡の別荘です。長男駒吉の死から二カ月後、今度は次男・辰三が被爆し、顔面に疵を負います。「富岡には軍需工場がある。そこを狙ったそれ弾が住宅地にまで落ちたのだ」という描写もされています。
小説の始まりは明治19年頃ですが、少し前から当時の中央政界の要人たちが次々と富岡に別荘を構えました。井上馨(外相・蔵相ほか)、三条実美(太政大臣ほか)、松方正義(蔵相・首相ほか)、大鳥圭介(枢密顧問官ほか)、田中不二麿(司法相ほか)など。明治憲法を起草した伊藤博文(初代首相)も洲崎の東屋に移る前に富岡の旧家に仮寓していました。当時の富岡は超一流の避暑地で、夏は富岡で重臣会議を開くことができたとも言われたそうです。
時代は少し下がりますが、大正・昭和の頃には政界人のみならず、川合玉堂(日本画家)は富岡の別荘で絵画制作や文筆活動を行いました。また、直木三十五が初めて自分で建て、短い間でしたが持ち家で過ごした土地も富岡だったのです。
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