〈連載〉さすらいヨコハマ㉖ 映画の中の横浜【1】 大衆文化評論家 指田 文夫
日本の映画で、場面として一番多いのは東京だが、たぶん次は横浜で、100本くらいある。
最初は、1933年の松竹のサイレント映画、清水宏の『港の日本娘』と小津安二郎の『非常線の女』。大さん橋、山手カトリック教会、日本大通りなど、ハイカラな風景がある。小津作品は田中絹代で、昼はタイピストだが、夜はギャングの情婦。清水作品では、主演の江川宇礼雄、斉藤達雄、井上雪子、逢初夢子のうち、江川と井上はハーフ、斎藤は外地育ちという西欧的な町だった。
米軍から横浜市に港湾管理が代わったのが1952年。以降、横浜港をバックに多数の映画が作られ、最初の傑作が1957年の蔵原惟繕監督の『俺は待ってるぜ』。石原裕次郎は、北原三枝を救うが、彼は横浜港からブラジルに行ったはずで行方不明の兄を探す。ラストの二谷英明とのアクションも凄いが、伊勢佐木町、野毛の実景が見られるフィルムである。ここで横浜は、閉ざされた日本から自由な外国への唯一の窓口だった。
(文中敬称略)
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