30年以上閉ざされていたタイムカプセルの中に入っていたものは―。6月19日、別所三・四丁目町内会館で1979年ごろに少年剣道クラブが埋めたタイムカプセルの開封式が行われた。当時の関係者が集まる中でカプセルが開けられ、懐かしい写真や資料を見ながら思い出話に花を咲かせた。
このカプセルは1979年の「国際児童年」に合わせ、市から依頼された別所青少年の家剣道部が「21世紀へ ぼくとわたしのメッセージ」と題し、別所3丁目の青少年の家の中庭に埋めたもの。当初は21世紀を迎える2001年に開封される予定だった。しかし、89年に青少年の家が別所三・四丁目町内会館になり、同剣道部部長の山田歌吉さんも1992年に他界。タイムカプセルの存在自体が忘れられつつあり、関係者でさえ埋めた時期を正確に覚えていないほどだった。
そんな中、当時、剣道部を指導していた倉田彦次郎さんが山田さんの次女である工藤昌代さんにカプセルの開封を依頼。昌代さんの夫・二郎さんが事務局長を務める別所地区社会福祉協議会と同剣道部が共催で開封式を行うことになった。
当時は石油危機
開封式には当時の剣道部員や指導者など30人が集まった。カプセルは町内会館の中庭の植え込みの中に埋められていた。コンクリートのふたを割ると、中からプラスチックのボール状のカプセルが姿を見せ、集まった人から拍手が沸き起こる。中に入っていたのは、剣道部の名簿や町内会の写真、子ども会の資料、周辺の小学校の運動会のプログラムなど約50点。写真は変色し、判別が難しいものもあったが、書類の大半は当時に近い状態で保存されていた。ほかにも、山田さんが当時の社会情勢について説明した「20年後のみなさんへメッセージ」と記された手紙も入っており、「オイルショックで原油が高騰し、野菜も値上がりしている」とあった。
この日のために茅ヶ崎市から駆け付けた岡田保則さんは現在39歳で当時は小学1年生。自分たちが書いたメッセージなどはカプセルに入っていなかったが、剣道部の資料に自分の名前と写真を発見。「昔の仲間と久々に再会できて懐かしかった」と嬉しそうに話していた。その後は集まった人が懇談を行い、当時の指導者は大人になった部員の姿に目を細めていた。
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