麻生区版 掲載号:2017年6月23日号

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第104回 シリーズ「麻生の歴史を探る」徳川入府(2)〜幕府の知行 後編

殿様の墓―早野・戒翁寺―
殿様の墓―早野・戒翁寺―
【前回から続く】

 五力田・古沢村は江戸初期片平の前場氏の知行下にありましたが、寛永元年(1624)朝倉織部の知行地になりました。この朝倉家は豊臣秀吉に仕えた後裔で、家光の近習となり稲城の長沼・大丸などにも知行地を与えられています。片平の前場久三郎は織田信長の旧臣で徳川家に仕え文禄三年(1594)片平村を知行地としていますが、子息が罪を犯したことにより天領と変わり、この地方の天領を統括する松村忠四郎なる者の支配地になっています。志光(弘)寺とは現在の修廣寺のことで、境内長瀬家の墓地には元和八年(1622)造立の「前場院殿半入宗園居士」と記された板碑型墓塔が今も保存されています。

 上麻生の三井市蔵は甲斐武田の旧臣で三井左衛門佐吉正と称し、徳川入府間もない慶長期にこの地と遠州城東郡に1500石の知行地を得て旗本頭などの要職を務めています。下麻生の安藤弥兵衛は三河譜代の家臣で、上野国にも知行地を持ったと言われ、後に佐渡金山、伊勢山田奉行に任じられました。早野の富永忠右衛門重吉は北条氏の家臣で武芸に優れ、甲斐・山梨にも計1300石の知行地を持ち、槍奉行、後には駿府町奉行になったと伝えられ、寛永年間に現早野の戒翁寺を開き、殿様の墓と呼ぶ4基の五輪塔を残しています。王禅寺村は増上寺領、王禅寺領で、他の旗本領とは違う扱いを幕府から受けていたようで、後述したいと思います。

 岡上の水野伝蔵は織田信長の旧臣だったが徳川入府後、この地と多摩郡、入間郡に知行地を得ており、岡上氏発祥の岡上景純は家康に仕え八王子代官となっていますので水野氏はその後任だったのでしょうか。子の知行地は元禄二年(1689)片平と同じ天領となっていきます。高石の加々美金右衛門の父才兵衛は元武田家臣で在地武士を持ち(潮音寺開基)、下野国河内郡にも500石の知行地を持ち直参旗本となっています。なお、早野の隣村寺家、鉄、成合は筧三郎左衛門正重、鴨志田は杉浦勝吉なる三河譜代の者の知行地となり、三輪、大蔵は前述の市川加賀守に代わり今井八郎左衛門と呼ぶ旗本の知行地になっています。

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