麻生区版 掲載号:2017年12月1日号
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柿生郷土史料館タイアップ企画 柿生文化を読む 第112回 シリーズ「麻生の歴史を探る」民間信仰(1)石造物〜庚申塔 後編

戒翁寺の庚申塔
戒翁寺の庚申塔
 【前編から続く】市の調査によると麻生区内には39基の庚申塔があるといい(昭和60年)、その最古は細山香林寺参道にある延宝三年(1675)造立銘のあるもので、次に真福寺白山神社境内と早野戒翁寺にある延宝八年(1680)のもの、そして細山神明社境内には貞享三年(1686)のもの。下麻生の麻生不動境内にある庚申塔は元禄二年(1689)の銘があって、細山香林寺にはもう1基元禄九年(1696)の庚申塔があり、片平修廣寺の山門前の庚申塔は元禄十一年(1698)に造立(2基あるが片方は明治五年)されています。これ等を見るとこの地方の庚申塔の造立は江戸時代中期(4代家綱、5代綱吉)1600年代から始まったと言え、そのことはこの頃から庶民の間で庚申信仰が盛んになったことを意味し、それは明治・大正・昭和の初めまで続きます。

 早野の子の神社境内には村内3か所にあった庚申塔が小屋を設けられ保存されており、その一つは宝永四年(1707)の造立で、この年は富士山が今の容姿になった大噴火の年であり、もう一つは享保元年(1716)の造立、三つめは文政七年(1824)のもので、この年は百姓主導の村方騒動が全国的に起きており、それぞれ多くの造立者の氏名が刻まれていますので、何かの願いがあったのでしょう。なお、この早野には享和二年(1802)の造立で「庚申塔」の文字を刻印し、さらに「南〜神奈川、東〜江戸登戸、西〜大山長津田」と記されて道標を兼ねた珍しいものも残されていました。現在は市立日本民家園に寄贈されています。

 この庚申信仰は、地縁血縁の農家10〜20軒が庚申講という講中(信仰仲間)をつくり、毎年5月と10月の年2回、庚申待と言って講員の家を宿に、青面金剛像を描いた掛軸に御酒を供え夜を徹したそうです。それにしても文化が開けて、現代人の体の中には、「三尸の虫」は居なくなったのでしょうか。

 参考資料:歴史の舞台を歩く(相澤雅雄)」「麻生区の神社と寺院」「市石造物調査報告書」「早野七つの池と共に」

 文:小島一也(遺稿)

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