麻生区版 掲載号:2017年12月8日号
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柿生郷土史料館タイアップ企画 柿生文化を読む 第113回 シリーズ「麻生の歴史を探る」民間信仰(2)石造物〜地神塔 前編

 麻生の地方で、庚申信仰に次ぎ起きている信仰は地神塔を造立している地神信仰で、これはこの地方に限った信仰だったようです。市の石造物調査によると、地神信仰を象徴する地神塔の数は、麻生18基、多摩3基、宮前8、高津7、中原8基で、幸・川崎区内にはなく、一方町田市史を見ると、多摩地区での地神塔は59基を数えるが、その中48基は町田市内にあると記しています。

 この地神信仰は現原町田6丁目浄蓮寺前に昔あった天満山延命院(寛永十四年1637廃寺)の修験者がこの地で布教を始めたといわれ(町田市史)、町田市金森西田に在った地神塔には、この修験者による碑文が残されていたとされます(現在風化破損により年代不詳)。地神信仰とは、堅牢地神、堅牢地天などの呼び名があるそうで、要は「大地には神が宿る」の信仰を言い、堅牢とは土地が堅固で壊れぬこと、五穀豊穣や福徳地鎮、土地とは離れられぬ百姓の神として布教されたもので、その象徴が地神塔ということになります。

この地神塔は、先の庚申塔や他の石造物(五輪型、板碑型)とは異なり、多くの塔が高さ1m余、幅40cm余、台座を置いた石柱型の文字塔で、正面に地神塔と記され、右側面に願意、左側には造立年月日、正面台座には講中名が記されています。

町田の延命院(廃寺)の修験僧によって布教された地神信仰は、その布教者の名、その時期をハッキリさせていません。だが、現存する町田地域最古の地神塔を町田市史で見ると、文化四年(1807)、高ヶ坂不動境内と、木曽町三家一本杉坂上の2基が最古で、その多くが文化・文政から天保年間(1800〜43)の頃に造立されていますので、この頃信仰が盛んだったのでしょう。

 麻生区内での最古を調べてみると、王禅寺日吉の山王社に在る塔(編集者注:現在は「村境の石仏群」としてまとめて置かれています)が天保三年(1832)で、続いて栗木の御嶽神社境内にあるものが天保七年造立の銘があり、下麻生不動院の境内には天保十年のもの、そして、上黒川橋場には天保十二年(1841)造立の地神塔があり、その間約30余年、町田より遅れて布教されてきた事が分かります。【後編へ続く】

 参考資料:「町田市史」「くろかわ」「川崎市石造物調査報告書」

 文:小島一也(遺稿)

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