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2010年2月4日号
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柔道舞踊 復活へ
瀬谷の善道館で文化再生に取り組む
 
柔道の型を取り入れた
「柔道舞踊」を踊る諏訪さん
 

 かつて柔道の試合の合間などに女子部員が披露していた「柔道舞踊」を復活させようと、瀬谷区瀬谷の柔道道場善道館の伊藤吉治館長が復興活動に乗り出した。1月には数少ない資料をもとにその踊りを再現し、教材となるビデオを作成した。

 柔道舞踊とは、柔道が確立した明治15年以降から昭和の終わりごろまで女子部員によって踊られていた、柔道の技を取り入れた舞踊。柔道着を着用し、約3分間の音楽に合わせて踊るというもの。当時は女性に試合の機会が少なかったため、柔道の総本山である講道館(東京)を創設した嘉納治五郎が、「男女平等に柔道を普及させたい」と発案した。女性にも取り組みやすいような踊りを取り入れるなど工夫されたという。

 本格的に柔道舞踊が広まったのは昭和の中ごろで、講道館女子部を指導していた二星温子さんが積極的に指導にあたった。その踊りは同部員によって継承され、全日本選手権や国体など試合の合間に披露されていた。しかし1990年代、女子柔道が競技として本格化したことで、柔道舞踊は急激に廃れていった。また98年に二星さんが亡くなり、創成期からの指導者もいなくなってしまった。

神奈川に再び柔道舞踊を

 一度は途絶えてしまった柔道舞踊だが今年に入り、過去に柔道舞踊の指導経験を持つ善道館の伊藤館長が「神奈川県でもう一度、柔道舞踊を」と復活に向けて動き出した。

 しかし、柔道舞踊に関する資料は講道館にも残っておらず、当時を知る人も少ない。唯一伊藤さんの手元にある二星さんの弟子が踊ったビデオテープをもとに1月、同道場門下生の諏訪貴子さんがモデルとなって、新たな資料となるビデオを作成した。「柔道舞踊が親子間のコミュニケーションのきっかけになれば」と、いずれは諏訪さんが講師となって門下生や保護者向けに教室を開く予定だ。

 伊藤さんは「毎年道場で行っている介護福祉施設への慰問活動で、柔道舞踊を踊って見てもらいたいし、いずれは瀬谷の祭りなどでも披露したい」とさまざまな場所での活動を目指す。

 伊藤さんは、昨年春に東京オリンピック時の柔道畳を復元した植田昇さん(瀬谷区相沢・健康畳植田代表)とともに「女子柔道が始まったころの明治の畳を復元して、その畳の上で柔道舞踊を踊ってもらいたい」と今後の夢を語った。

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