さがみはら緑区版 掲載号:2017年8月10日号

やまゆり園事件特集

忘れない、尊い命 社会

高校生から寄せられた手紙
高校生から寄せられた手紙

 昨年7月26日に津久井やまゆり園(千木良)で起きた元職員による入居者殺傷事件。今年7月24日には県と相模原市などの共催で追悼式が行われ、約600人が参列するなど、悲しみはまだ深いものがある。

「触れ合える」を当たり前に
脳性麻痺当事者 猿渡達明さん


 19人の尊い命を奪い、社会に衝撃と不安をもたらした津久井やまゆり園での事件。犯人の言動からは障害者への差別心が犯行の大きな動機となったことが伺える。かつて相模原市で生活を送っていた脳性麻痺当事者の猿渡達明さんは差別を無くすために「障害者と日常的に触れ合うことが重要」と指摘する。

 都内出身の猿渡さんは結婚を機に、1998年から12年間市内で生活。その間、障害者の自立生活センターなどに勤務し、市の障害者福祉計画にも携わった。現在は都内のNPO法人に勤めながら、障害者をテーマにしたテレビ番組にも出演している。

「いつかは起きるのでは…」

 今回の事件は障害者を狙った世界でも類を見ない卑劣な犯行。ただ、猿渡さんは「いつかはこうした事件が起きると感じていた」と話す。「子どもの頃、自分の障害を巡って家族が口論したり、いじめを受けたりすると『障害者はいらない』と暴力が自分に向かって来るのではないか」と思った。当事者だからこそ強く感じてきた「恐怖」が、今回の事件で現実のものとなってしまった。一方、相模原で事件が起きたことに「なんでまた相模原なのか」という思いもあった。2008年1月、市内で知的障害の男性が母親に殺害される事件が起きた。犯行理由は複雑だが、その中の一つは「自分(母親)がいなくなったあとが不憫」というものだった。「どちらも土地柄や地域性の問題ではないが、障害者への支援や取り巻く環境が違えば起きなかったかもしれない」と話す。

触れ合いが人を変える

 「障害者を殺害すれば国のためになる」。被告は逮捕後の取調べでも障害者への差別発言を繰り返した。ネットの世界では被告の差別発言を称賛し擁護する声が少数とはいえ確かに存在した。「障害者への差別はどうしたら減らせるのか」。そんな問いかけに、猿渡さんは「日常的に障害者と触れ合える環境を作ることが重要」と話す。内容自体は目新しいものではないが、猿渡さんは自身の経験から確信を持って発言する。

 猿渡さんは過去に相模原市社会福祉協議会の事業で市内の学校を訪れ、障害者への接し方をテーマに授業を受け持った。そこで出会った生徒の一人は障害者への介助などに興味を抱き、福祉系のコースを有する高校へ進学。猿渡さんとはその後も交流を続け、「当たり前」のように猿渡さんの引っ越しの介助に駆け付けるようになった。「人は人との触れ合いを通じ変化する」。そう、強く実感した。

 そして、日常的な交流を行うには「障害者も勇気を持って地域に出ていく必要がある」という。もちろん、障害の重さによってその難易度も異なるが「地域に出て、知らない人と関係を作っていくことは、本人はもちろん家族にとっても素晴らしいこと。そのためには、安心して地域に飛び込むことができる環境作りが必要」と話した。

「混乱」の中で歩んだ1年
やまゆり園 入倉かおる園長


 津久井やまゆり園での事件後、県は施設の建替えを大枠で決定し、施設の具体的な在り方を議論する専門部会は11回の議論を経て8月2日に最終報告書をまとめた。施設面の議論が深まる中、事件後に移転した園で入居者はどのような生活を送り、職員は今何を思うのか、入倉かおる園長に事件後1年とこれからを聞いた。

 事件から約9カ月後の4月、同園は緑区千木良から横浜市港南区のかつて知的障害者施設だった施設へ仮移転。施設名も「津久井やまゆり園芹が谷園舎」となった。現在、仮移転から約4カ月が経過し入倉園長は「入居者も職員も少しずつ落ち着いてきた」と話すが、引っ越した直後、一部の入居者は状況を飲み込めず「私はいつ帰りますか」と不安の声を漏らすなど戸惑いもあった。ただ、同園では今までと同じ職員が支援にあたるよう配慮した結果、体調を崩す人は出さなかった。最近では以前実施していた施設外での散歩を始めるなど「日常」を取り戻しつつある。

情報伝達に苦心

 事件後、園の長として入倉園長が最も神経をすり減らしたのが「情報の伝え方」だった。史上稀にみる凶行は現場に大きな混乱をもたらし、入居者や職員の心を揺るがしていた。

 情報が錯綜する中で、メディアから初めて耳にする情報も多く、職員らは「もっと早く教えてほしい」と声を漏らした。未曽有の事態に対応も遅れ、職員らの不安は増幅していった。入倉園長は問題の解決に向け、園内での情報共有ツールを積極的に活用。把握している情報はできる限り早く伝えることで、職員の不安の軽減に努めた。その姿勢は今も変わらない。

高校生との交流支えに

 「混乱」と「不安」が渦巻く中、職員らを支えたのは全国から送られてくる手紙や千羽鶴だった。中でも、事件前から交流を持つ複数の地元高校生から寄せられた手紙は、何より職員の心を照らした。仮移転後に受け取った手紙には「戻ってきてください。これからも繋がっていきましょう」という言葉も。

 入倉園長は「事件後も見守り続けてくれることに本当に励まされている」と話す。手紙をやり取りする高校生のうち何人かは、仮移転後の横浜でのイベントにも相模原から足を運ぶなど交流を続けている。

「千木良に帰ろう」

 同園の仮移転は4年間を予定。その後については現在議論が進められているが、職員らが共有する施設運営のテーマは「目の前の入居者に寄り添っていくこと」。同園の原点に立ち返り、一人ひとりと向き合う。その上で、職員が胸に抱くのは「元気にみんなで千木良に帰ろう」という思い。「事件が起きて『はい、別の場所に移ります』とはいかない。千木良の場所で以前のように地元の方と触れ合える暮らしをしたい」と入倉園長は前を向く。

 ただ、「入居者が『戻りたい』と言うかは別」とし、同園は個人の意思を最大限尊重する考え。別の場所で暮らすことを望む場合は個別に対応する。入居者に職員、家族や地域の人々が手を携え、やまゆり園は再生の道のりを歩んでいく。
 

取材に応じる入倉園長
取材に応じる入倉園長
障害者が地域に出やすくるなるため「環境整備」の重要性を訴える猿渡さん
障害者が地域に出やすくるなるため「環境整備」の重要性を訴える猿渡さん

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