町田天満宮 宮司 池田泉 宮司の徒然 其の13
馬搬(ばはん)とタマノカンアオイ
「馬搬(ばはん)」という職業をご存じだろうか。山で伐り出した材木を馬方(うまかた)が馬に引かせて下ろす作業をいう。重機がなかった昔は当たり前だったが、今はある程度までトラックが入れるように道を作り、伐り出す山にレールを設置したりして、次第に馬搬をする馬方は減少していった。
現在では岩手県の遠野地方で数名いるだけと言われている。しかし最近、馬搬が見直されてきていて、馬を操る馬方の技を習得しようという若者もいるらしい。道を通したり重機を導入するとコスト高だけではなく自然も破壊する。その点馬は自然にやさしい。
環境先進国のヨーロッパ諸国では現在も馬搬が推奨されている。日本では林業離れが進んで人材不足。手入れされなくなった植林地は荒れる。木が密集して弱れば根も弱くなる。土をしっかり押さえられず土砂崩れの原因になる。
多摩の里山には普通に見られる多摩の寒葵(タマノカンアオイ)は多摩丘陵地の固有種で、同属のフタバアオイは徳川の葵の御紋の原型とも言われ、葉脈と色合いが独特だ。「寒」は冬に花が咲く寒桜とは違い、冬でも枯れない常緑という意味。実は絶滅危惧種。おそらく北限は八王子辺りで、南限は横浜の長津田付近。町田市内では小山田や小野路など、また近隣では川崎の寺家などでも見られる。「多摩の」というごく狭い名称なのはその繁殖方法によるものだろう。
例えばカタツムリは個体の移動距離はごくわずかで、結果その狭い地域内で独自の進化を遂げて様々な色合いになるから、日本国内では数百種類に分類されるという。タマノカンアオイも一般にイメージする花とはほど遠い地味な臭い花を地面すれすれに付けるが、どうやら種は蟻が運ぶ程度でしか広がらないから、低い丘がでこぼこに連なる多摩丘陵地では、仲間を広範囲に増やすこともできずに固有種として生き残ってきたと思われる。
多摩は林業地ではないかわりに多摩ニュータウンのように広大な雑木林が宅地化された。狭い土地で生き長らえてきたタマノカンアオイのような植物はひとたまりもない。絶滅せずに済んでいるのは緑地保全区域や自然公園のお蔭。多摩地区のどこにでもあった寒葵は今、安住の地にいると言えば聞こえは良いが、その繁殖力の弱さからして隔離されたと言っても過言ではない。金蘭、銀蘭、碇草、十二単、筆竜胆、和田草、一輪草、みんな同じことが言える。
かつて注文された数のイワナやヤマメを釣って来て旅館などに卸していた職漁師も途絶えてしまったように、馬搬も危うい状況になっていたが、「自然との共存」の機運は関係企業を刺激し、企業から資金を出して馬搬の講習会に社員を参加させるようにもなっている。
現役の馬方で遠野馬搬振興会事務局長の岩間敬氏(38歳)が顧問を務める「はたらく馬協会」の馬耕イベントが高尾山で行われ300人が集まったという。自然環境を大切にしようという機運が盛り上がっている今こそ見直すべき職業なのだと思う。山が健康になれば川も汚れない。当たり前にあった草木が当たり前に生きられる。自然をいたわれば必ず返してくれる。人の心も温かくなれる。
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宮司の徒然 其の137町田天満宮 宮司 池田泉12月21日 |
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