戦後の混乱期、入谷に医院をかまえ、生活に困窮する人々の治療に奔走した故・庵(いおり)政三さん。その功績を称えようと、1972年に旧市文化福祉会館(現/市消防本部敷地内)に建立された胸像が、市民健康センター前に移設され、8月10日に除幕式が行われた。
生活困窮の人々を救う
庵さんは、1901年に神奈川県浦賀(現/横須賀市)に生まれた。官立の医科大学を卒業後、日本陸軍の軍医として中国などで医療に従事。旧東京第三陸軍病院(現/相模原病院)での勤務を経て、終戦後の1946年、現在の入谷5丁目に、内科・小児科の「庵医院」を開業した。
庵さんの功績をまとめた書籍「ある聖医伝」(著/福林正之さん)によると、開業時は集めてきた古材で診療台を手作りし、自筆の看板を座間駅に掲げていたという。経済的に苦しい中で、尽力したのが、医者にかかることができない貧しい人たちに対する診療だった。昼夜を問わず、古い自転車やオートバイで走りまわり、患者の家計によっては治療代を貰わないこともあった。
25年にわたり地域医療を支えた庵さんは、1971年に亡くなった。その徳を後世に伝えようと、地域住民が募金を集め、旧市文化福祉会館の隣に建てられたのが胸像だ。
「功績知って」
2000年に旧市文化福祉会館が閉館した後も、胸像は同じ場所に残っていたが、閉館前に比べると人目に付きにくくなった。移設先の市民健康センターは「休日急患センター」があるほか、市の集団検診なども行われており、地域医療の拠点とも言える場所だ。市担当課は「目に触れやすい場所に胸像があることで、その功績をより市民の方々に知ってもらえれば」と期待している。
除幕式には遠藤三紀夫市長や医療関係者、庵さんの遺族などが出席し移設を祝った。
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