東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故によって、5年が経った今も、全町民が避難生活を余儀なくされている福島県浪江町。その復興に、現役時代に培った建築技術や経験を活かそうと、今年3月まで座間市役所で働いていた森田敬真(ひろちか)さん(市内座間在住/60歳)が、浪江町職員として新たな一歩を踏み出す。森田さんは勤務開始の5月に向け、「定年退職後の人生、被災地の役に立ちたいです」と意欲を見せている。
「技術や経験、活かしたい」
森田さんは1974年、市役所に就職。建築技術職員として小中学校や市庁舎、ハーモニーホール座間などの建設に携わったほか、都市計画決定や市街地再開発も担当した。2013年からは特定政策推進室長を務め、キャンプ座間の一部返還に伴う病院誘致に取り組んだ。
「職務上の立場もあり、これまでは東日本大震災の被災地支援が出来ていませんでした」と森田さん。阪神淡路大震災(1995年)と新潟県中越地震(2004年)の時は、被災建築物応急危険度判定士として現地に赴いた。退職後は、再任用職員として働くことも考えたそう。しかし今年2月、復興庁が被災地支援職員を募っていることを知り、「何か役に立てれば」と一念発起。応募して間もなく浪江町から職員として雇用したいと打診があり、面接を経て3月下旬に内定した。
拠点整備に従事
浪江町は、原発がある大熊町の北に位置している。放射性物質によって、町民およそ2万1000人に避難指示が出され、今も解除されていない。全体の81%は「帰還困難区域」に指定。全人口の83%が暮らしていた海沿いのエリアは、日中のみ立ち入り可能な「居住制限区域」と「避難指示解除準備区域」に指定されている。
町では来年3月の避難解除、それ以降の町民の一部帰還を目指している。そのための拠点として、町役場や公営住宅、交流・情報発信を担う施設などを沿岸部に整備しており、ここから段階的に復興地域を拡大させていく計画だ。
役場は現在、隣接する二本松市に設けられているが、復興関連のセクションは沿岸部に移転されている。森田さんもここに勤務し、公共施設や公営住宅の建設、駅や道路といった交通インフラの再生などに携わる予定だという。
明るい情報届ける
町職員としての勤務は5月から始まる。今は人生初という独り暮らしに向け、妻や娘に家事全般をレクチャーしてもらっているそう。市役所の同僚たちからは激励メッセージも受け取った。予定勤務期間は3年。森田さんは「町に貢献し、町民の暮らしを支えたい。復興を目指す浪江町から明るいニュースを全国に発信できるよう、精いっぱい力を尽くします」と力強く話していた。
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