最新号:2012年2月 3日号
2010年6月18日号
○…1歳のとき両親と厚木市のまつかげ台に。上荻野小学校時代は荻野リバースというチームで少年野球。荻野中学校に進み、途中で古松台に越したため小鮎中学に転校。中学時代は陸上一筋。その後厚木高校に進み陸上に明け暮れた。高校の授業で音楽の先生が歌うのを聴いたのが生まれて初めてのオペラだった。大きな衝撃だった。受験で進路を決めるとき体育大学か音楽大学か迷い、先生に相談した。「これから勉強して音大受験できるか」と。
○…「できる」−。そのひと言で決まった。音大受験にはピアノが不可欠。小学生の頃習ったピアノが利いた。音符は読めた。バッハからとにかく一年間頑張った。無事、国立音楽大学声楽科に合格。やがてオペラに開眼、さらに大学院へ。その後2回、イタリアへ。二度目は文化庁の公費留学。コンクール総なめ。期待のバリトン。「バリトンは王子様の恋敵とか悪役の声」「体のどの部分の骨を響かせるか。カラダが楽器のようなもの」と声楽を語る表情は巨人の原辰徳監督似。
○…同じ声楽仲間の妻と結婚し二児の父。現在、藤原歌劇団に所属しているが収入は安定しない。実家の両親と妻の両親にオンブにダッコ。親子4人で「食事もいただきお風呂もいただき」自宅に帰る。「ゲゲゲの女房」さながら、と平気な顔。それでもオペラが大好き、と言う。努力する才能があり情熱とセンスがある。あとはチャンス。
○…今年は勝負の年。昨年12月、初CDを出した。ジャケットデザインは高校の同級生が買って出た。6月16日は立川で、24日には厚木市文化会館でCD発売記念コンサートを行う。本物の闘牛士の衣裳でカルメンを披露する。オペラ・トークとイタリア仕込のアリア。そこで厚高魂に火が点いた。OBの「勝手に応援団」が動き出した。長谷のピアニスト倉本卓さんも応援に。暮れの第九でバリトン・ソリストとしてメンバー入り。東京国立市在住。