歌手活動の傍ら、三味線・歌謡講師として伝統芸能の普及活動を行う 松藤(まつふじ)洋呼(ひろこ)さん 寺尾中在住
心で奏で、喜ばせたい
○…コンサートの最後、不意にできた5分間で「皆さん、何かリクエストはありますか」と問いかけた。どんな要望が来るかは分からなかったが、できるかどうかより喜んでもらえるかどうかが問題。挙がったのは福岡の民謡「黒田節」だった。後に分かったのは、彼の娘が福岡へ嫁いでいたこと。親心に寄り添えただろうか。日本人の心の琴線に響く三味線の音色と唄。守り伝えたいものがある。
○…絶対音感が宿る母と唄い手の父に育てられ、子どもの頃から音楽に囲まれていた。中学生の頃、ふと母の三味線を構え真似した瞬間、心がときめいた。「すごく、すごく良かった」。プロを志し稽古を始めると、みるみる上達。19歳でラジオ番組「TBS民謡のどくらべ」で優勝し、レコードデビューを果たした。伝統芸能だけでなく現代の音楽にも精通できるようにボイストレーニングを学ぶと、ついに「歌の国体」とよばれる日本大衆音楽祭で、2万人の頂点の内閣総理大臣賞までのぼりつめた。
○…歌手業の傍ら、三味線や唄の魅力を伝えようと、地元で教室や演奏活動を行っている。伝統芸能を重んじ守ることと、大衆受けする普及活動は時に真逆のものになるが、厳しい稽古で伝統を学んできた自負があるからこそ、その狭間で新しい道を模索する。ジャンルを超えた歌謡曲の三味線弾き語りや洋楽器とのコラボなど、老若男女、多くの人に愛する文化にふれてもらおうと、活動に励む。
○…心に響く演奏は、時に奇跡さえ起こせる。「認知症の母が家に帰って先生のCDをかけたら、母の目の色が変わった」という生徒は、三味線を弾くと母が歌を口ずさむまでに改善したという。深く感謝され、「私も本当にすごく嬉しかった」。どうしたら喜んでもらえるかを常に考え、演奏会前は1週間前から本番に向けコンディションを整える。日々ストイックにどうしたら喜ばれるかを考え、一歩ずつ歩んでいく。