最新号:2012年2月 3日号
2010年4月16日号
○…藤沢翔陵高等学校でこの春、プロ野球経験者としては県内で初めて高校野球部の監督に就任した。「“一生懸命”がモットー。真面目にやる子がバカをみるなんて経験をさせたくない」と力を込めて話し、「人間も野球も生身のもの。教科書はないし、何が起こるかわからない。生徒と一緒に日々学んでいきたい」と意気込む。
○…同校(当時藤沢商業高等学校)卒業後に大阪ガス(株)に就職し、社会人野球の世界へ。6年後、投手として千葉ロッテマリーンズに5年、阪神タイガースに1年在籍した後、営業職を経て、母校に舞い戻った。事務職員として働きながら神奈川大学に通い、4年間で社会科教員の免許を取得。「生徒には、技術よりもまず人としての教育を」と“若き”教師の決意を語る。授業のことに話が及ぶと「突っ込まれて分からない質問には、ごめん、と素直に謝ります」とバツが悪そうだが、かえってその愛嬌が親しみやすい教師としての魅力を垣間見せる。
○…「プロにいたからと言って、決してエリートではないんです」。大阪ガスには、試験に臨む前から担当に「受けても受からないよ」とはっきり伝えられたため、半ば諦めていた。追い討ちをかけるように、試験前日は台風で新幹線がストップ。行かないつもりでいたが、早朝には新幹線も運行、ニュースを見た父親に背中を押された。「3時間立ちっぱなしでしたよ」と思い出話に笑顔。当時、その行動に心を打たれたマネージャーは、採用を決めた。
○…本格的な始動を前に「休日は作りません」と断言。小学生の愛娘が3人もいる家庭を持ちながら、その心は固い。「巨人の木村拓也コーチの訃報に、娘が『お父さんにストレスためないようにしてあげなきゃ』と言ってくれたそうなんです」と目尻を下げる。家族の理解も得て、熱い夏への準備は万端だ。