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藤沢

最新号:2012年2月 3日号

駆逐艦「秋雲」に乗艦。海軍兵として太平洋戦争を経験した

須田 直吉さん

石川在住 87歳
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2010年8月 6日号

本当の解放だったら

 ○…平塚農業高校から教員を志し、鎌倉師範学校へ。20歳で徴兵検査を受ける。「泳げるか」と聞かれ「泳げる」と答え、海軍へ。泳ぎは引地川で覚えた。当時の藤沢を「町中が戦争をやれやれ、という雰囲気でした。若かったこともありますが、新聞を読んでも、勝ったことばかりが出ていて悲惨なことは何も知らなかった」。

 ○…昭和18年4月、横須賀海兵団へ入団。3ヵ月間の訓練を経て駆逐艦「秋雲」に乗り込む。船での任務は、暗号解読や、大砲を撃つ際の指揮中継。艦橋の頂上にいる砲術長から指示を受け、自艦の速さ、風向きなどを専用の計算機に入力し、数字をはじき出すというもの。「即戦力として、重宝がられました」。

 ○…乗艦後、南方での作戦に参加、南方と横須賀を往復するも無傷だった。「怖いもの知らず、うぬぼれもあったかもしれません」。年が明け昭和19年。フィリピン・ミンダナオ島近くのザンボアンカ付近で、潜水艦による攻撃を受け、沈没。「日付は4月11日、夕方5時か6時ごろ。あっという間でした」。仲間と一晩、海上を漂った。味方の飛行機に発見されたのは次の日の夕方。横須賀に戻ったあとも、「船に乗せて欲しい」と上官へお願いするも、戦況の悪化から次々と撃沈され、乗る船が無く横須賀で敗戦を迎える。8月15日の玉音放送に「上官から並べと言われ聞いたが、正直飲み込めなかった」。夜になって、戦争に負けたことがわかった。

 ○…戦後、教員となり、村岡小学校では民主主義を教えた。「昨日までは天皇陛下万歳。今日から民主主義」。180度変わった世の中に戸惑いも。戦前を振り返り「欧米の手前勝手な民主主義ばかりだった。世界は白人だけのものじゃない。日本もアメリカやイギリスの真似でなく、本当の(アジアの)解放だったら、もっと喜ばれたと思う」。

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