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平塚

最新号:2012年2月 2日号

全国高校野球選手権大会で準優勝した東海大学付属相模高等学校野球部の副主将

宮崎 大将(だいすけ)さん

田村在住 18歳
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2010年9月 9日号

チームの精神的支柱に

 ○…「全国制覇を果たせなかったのは悔しいが、後輩に優勝への思いを継承できたことに満足しています」と語る。甲子園唯一の出場機会は、決勝の興南戦。9回裏2死、12点差の場面だった。ベンチが共有していたのは昨夏の県予選、12点差から3点差まで追い上げた先輩の姿だった。3年のお前が結果を出してこい−。監督から代打に送り出された。「打たないと負けてしまう。最後の打者には絶対ならないという思いだけ。緊張はなかった」。結果は三振だったが、3年間の意地を見せた強振だった。

 ○…朴訥(ぼくとつ)な語り口に落ち着いた物腰。名門野球部の副主将らしい風格がある。監督にはプレーヤーとして以上に、選手のまとめ役であることを求められた。定位置の二塁守備は自他共に認める一級品だが、出場機会に恵まれなかった。腐ることもあったが、自分の役割を必死に考えた。いつしか誰よりもベンチで声を出していた。監督に怒鳴られた選手を呼んでは話し相手になっていた。チームでの求心力は増していった。

 ○…それを象徴するエピソードがある。地方予選直前、大乱調に苦しむ一二三投手が横手投げを模索していた時、打席に立つよう頼まれた。チームの行方を占う投球を誰よりも先に打席から見た。「本来は上手投げがベストでしょうが、球に勢いを感じた」。その直感を伝え、エースとチームに自信を与えた。

 ○…今後の進路は模索中だというが、「高校の教師になって野球部を指導できれば」というのも、思い描く夢のひとつ。決勝戦後の夜、宿舎の監督部屋に呼ばれた。お前もこれを付けられるように頑張れ−。手渡されたのは、監督が腰につけていた監督証のリボンだった。「嬉しかった」と、一言。母校の監督になれればいいね、という記者の問いかけには「自分には無理」と謙遜しながらも、「そうなれたら最高ですね」とぽつり。取材中一番の笑顔を照れながら浮かべていた。

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