平塚(まち)の足跡 〜町名探訪〜 第85回 「富士見町(ふじみちょう)」
大字平塚と中原下宿の一部。東側を県道平塚伊勢原線、西側の大部分を平塚江南高校と接する。
以前は諏訪部の続きの松林で、十里堀(じゅうりほり)と呼ばれた。明治末期に松林が伐採されると富士山が一望できるようになったことから、地域住民の間で「富士見町」という呼び名が広がった。1950年の平塚市町名改正原案では「10数年来土地の人が用いている名称」という理由で富士見町という仮案が出され、正式な町名として採用された。
富士見の名を冠した地名は河内や土屋のほか、下島の富士見野があり、富士山の見晴らしが良い場所から名づけられたと考えられる。
【協力▽平塚市市史編さん担当/参考文献▽『平塚地名考』『平塚市郷土誌事典』】
■次回は万田の予定
|
<PR>
|
|
|
|
|
|
|
<PR>