二宮ゆかりの画家 連載最終回 二見利節(としとき)・その生涯
二宮町福祉センターと利節
二宮町福祉センター(現在の町民センター)が落成したのが、昭和四十八年の十月。二宮の有力者であるA氏らが飾り付けのないセンターをもっとにぎわしたいとのことで、湘南地方在住の画家を回って絵の寄贈を願って歩いた。
その折、ある画家から次の言葉が出たという。「二宮には我々よりもっとりっぱな画家が住んでいる。しかも二宮出身のかたである。そういうかたを先に回られて、その次に我々の所に来てほしい」と当のA氏はそれがだれであるか分からず「それはだれですか」と尋ねると、その人は「二見利節という人です」と答えたという。
二見は二宮においては画家としての存在を認められていなかったのである。A氏は早速利節を訪ねたが留守で会うことができなかった。その後、再度訪れた折、福祉センターヘの絵の寄付を申し入れた。しかし利節は「私たち画描きは画を描くことを職業にしている。カンバス、絵具、筆も皆買わなければならない、寄付するわけにはいかない、二宮には趣味で絵を描いている人がたくさん居る。その人たちから寄付してもらったらいかがですか」と。こうして湘南地方在住の画家たちの絵は数多く飾られているが、利節の絵は一枚もなかった。
利節の死後、遺族から町に二十数点が寄付されて、現存している(現在は、ふたみ記念館所蔵)。
──・──・──・──
※「二宮町近代史話」(昭和60年11月刊行)より引用
この連載は今回をもって終了します。
|
|
|
|
|
|