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小田原

最新号:2012年2月 4日号

日本サーフアカデミーの校長を務める

添田 博道さん

平塚市在住 54歳
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2010年9月 4日号

数多の波を乗りこなし 

 ○…日本初の高校卒業資格が取得できるサーフィンの学校、通信制サポート校「日本サーフアカデミー高等部」の校長を務める。サーフィンの世界では超が付く程の有名人。レジェンド、日本のサーフィン界を引っ張ってきた第一人者などと敬意を込めて呼ばれるが、本人は「意識したことは無い。好きでやってきて、自然とあとからついてきた」と爽やかに笑う。

 ○…学校内外で自身が海から教わった多くの事を次世代へと伝えている。「サーフィンをやっているといじめなんかしない。波にいじめられるからね。それに無理に何かをやらせるのではなく、好きにさせる事が大事。嫌いな事をやらせても伸びないから」と語る。「サーフィンを知らない子も好きになってくれれば。また、勉強だけじゃなく、他の何かを身に付けてほしい」。

 ○…平塚生まれ、平塚育ち。もともと体は丈夫な方ではなかったという。サーフィンとの出会いは中学一年生の時。平塚の市民プールからサーファーの姿が見えて「かっこいいな」と思った。「世界を見たい」と、16歳でサーフィンの聖地、ハワイのノースショアへ。世界最高峰の波やビッグウェーブに挑んでからは、ほぼ毎年足を運んでいる。18歳でプロサーファーとして世界を相手に戦い、23歳で自身のボードメーカーを立ち上げた。輝かしい経歴を持ち世界中の波に乗った。それでも家を出て「今日はどこの海に入ろうか」と車を走らせると、自然と小田原へ来ているという。ただ「小田原の海は海水浴向きではない。急に深くなっていて危険。必ず監視員のいる所で楽しんで」と注意を促した。

 ○…今年、足首の太い血管を切除する程の大怪我を負ったが、それでも海に通う。「サーフィンとはうまく、ずっと付き合っていきたい」。今もどこかの海で波を待っていることだろう。

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