小田原剣道連盟会長を務める 土谷 弘信さん 早川在住 69歳
涙知る、その笑顔
◯…1市8町の剣士が加盟する小田原剣道連盟。4月から会長を務めているのはこの顔だ。古希を前に担った大役に、「若い力に渡さないと」と謙遜。会員約900人の中には力のある若者もいる。自らの役目を「皆が楽しくやっていける環境づくり」と、未来を託す「子どもたちに剣道を広める」ことと腹に据える。
◯…出は大分・国東(くにさき)半島。幼少の英雄は『赤胴鈴之助』。少年剣士の活躍を描いた作品を見て「あの胴を着けたくてたまらなかった」とチャンバラに興じた。着物の型人形を解体し、胴を拵えようとして母親に怒られたことも。中学で剣道部の敷居をまたぎ、高校選びも無論剣道。当時、大分王座に君臨していた杵築高校を熱望し、猛勉強した。念願叶って厳しくも優しい恩師のもとで、杵築の名を背負い剣を振るったが、インターハイ出場をかけた一戦で実力伯仲の相手校に1本差で負け、悔し涙をのんだ。
◯…「剣道が道標じゃないけど、人生を常に引っ張ってくれた」と話すのは、大学受験時に新設された日本体育大学武道学科の存在。天の思し召しと、迷わず入学したが、剣士としてはスランプに。悩みに悩んで泣きながらコーチに教えを請うと「何のためにここに来たんだ。指導者になるためだろ」と諭され、「肩の荷が下りた」。その後は恩師の背を追うよう教師になり、育てた剣士は数知れず。しかし本音は「俺が育てたんじゃなくて、子どもたちに俺が育てられた」
◯…家に帰れば犬や猫に目がないおじいちゃん。御髪は理容師の次男が整え、文武館師範として後進の育成に勤しむ。誉めて伸ばす”仏の土谷”は「子どもに一言『いやぁ、よかったなぁ』と言ってやると次の稽古から見違えるほどよくなるんです」と相好を崩す。そしてもう一つ、「悔しいっていうのは頑張ってきたから生まれる感情」と努力を汲み支える。7段を有し、昇段にも挑戦中の生きた剣士が連盟をまとめ上げる。
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