湯河原駅のベンチに座布団を設置している町商工会女性部の部長を務める 石井 妙子さん 湯河原町宮上在住 64歳
ベンチの座布団に母の温もり
○…駅ホームのベンチに並ぶ50の座布団を取り換えるため、この冬も仲間と駅に通った。通勤客にはもう当たり前の光景だが、女性部員が2週間に1度のペースで取り換え、自宅で洗濯しているのは意外と知られていない。自身も仲間に加わって知った事だった。「もし自分が観光客だったら、この座布団はきっと嬉しい」。その思いが原動力。今では強い雨や風の日になると座布団が濡れていないか気がかりで仕方ない。
○…実家は小田原市千代。国鉄マンの父と母、そして4人姉妹の家で育ち、桜美林大学で英米文学を学んだ後に熱海の大型ホテルに就職。裏方の企画や表の接客などを経験し、夫・静雄さんと職場結婚した。女将に転身したきっかけは「旅館をやりたい」という静雄さんの一言。ちょうどお腹に子を宿していた時で、脱サラの選択肢は想定外だった。返事は「うーん」。それから年月が経っても夢を語り続ける夫の熱意に根負けし「うん」と頷いた。
○…35年ほど前に宮上の建物を借りて念願の独立を果たした。屋号は息子の名前を冠し「久亭」に。新規オープンという事もあり、どのお客さんも初対面。親戚のように接してほしい人もいれば、静かな滞在を望む人もいた。おもてなしに王道はなく、チェックインなどのわずかな会話で相手を察するのは、今でも難しい。「お客さんも百人百様ですね」
○…今の目標は接客のスキルアップ。女性部の英会話講座に顔を出す。昨年米国から愛しの孫が帰国してきたそうで「英語で言葉を交わせたら」というのが本音のよう。旅館を始めてからは盆暮れの休みも一家団欒の食卓も難しくなったが、母として2人の子を育て上げた。今でも休日は山積みの家事に取り掛かり、時々テレビを眺めて息抜きする。仕事場では接客から洗い物、漬物作りなどを担当。「皮が硬くなっちゃった」とさする両手に喜怒哀楽がたっぷりしみ込んでいる。
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