鶴巻地区 宵の道標 大山灯籠立て 200年以上続く民俗行事
江戸時代に盛んだった大山参りの道しるべとなる「大山灯籠」。秦野市鶴巻にある鶴巻下部大山灯籠は、鶴巻下部祭りばやし保存会(久保寺保美会長)が毎年大山の夏山(盆山)登山の期間に合わせて組み立てを行っている。鶴巻第一自治会館(鶴巻南4の8の2)の敷地内に立てられた灯籠の灯明は、午後6時頃から2時間程度、8月17日(日)まで絶やす事なく灯し続けられる。
曜日に関係なく毎年「7月25日」に組み立てられ、「8月18日」に解体される同灯籠行事は「200年以上続く」とされる民俗行事。灯籠の姿が見られるのは1年のうちでこの3週間程度だけだ。
灯籠の高さは2m64cmで、灯籠を覆う覆屋は高さ3m42cm、幅3m88cm、奥行き3m23cm。他地域の大山灯籠には覆屋はなく、比べると大がかりなものだ。
この灯籠に関する古い文献などは未だ発見されていないが、灯籠を支える年季の入った竿部には明和6年(1769年)に作られ、文政5年(1822年)に再建されたと墨で記されており、歴史の古さや民俗行事の伝統を物語っている。埼玉県上尾市や東京都練馬区の大山灯籠は市や区の登録文化財だが、鶴巻下部大山灯籠は登録されていない。
今年も7月25日の夕方、同自治会館敷地内に保存会の会員たちの手により組み立てられた灯籠。この日は市文化財保護委員や、東海大学の学生も現地調査のために訪れ作業を視察した。柱状の石の土台を四辺に設置した上に、同館に保管されている覆屋や灯籠の部材が会員たちによって順番に組まれ、声を掛け、協力し合いながら約1時間15分で組み上げた。
覆屋、灯籠の個々の部材にはどこに組み、配置するかが記されている。古い部材のため、ところどころ修復された形跡も残り、補強用金属ボルトも見受けられるが、組み立てに関しては釘を使わず、木製の部材が組まれている。
保存会の久保寺会長は「お盆がきたなという感じ。伝統的なものであるし、後世にも継承していきたいと思っている」とし、「今後のためにも市の文化財への登録の推薦も視野に入れている」と話した。
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