「震災直後よりだいぶ良くなっていると思っていたのに…本当にショックだった」。青葉区社会福祉協議会の根本秀一事務局長は口を開いた。昨年9月、会員研修で福島県双葉郡富岡町を訪れたときのことだ。傾いたままの鉄道架線柱や草が生い茂る線路、人の気配のない街…。所々に放射線量計が設置され、道路では立ち入りのできない帰還困難区域を示すバリケードが行く手を阻む。福島第一原発から20Km圏内に位置し第二原発がある富岡町は、町全体に避難指示が出され、今も解除されていない(3月2日時点)。日中のみ出入りできる居住制限、避難解除準備区域にも津波の傷跡が色濃く残る。「3年半経ったのに何も変わっていない」
昨年の研修では、町民の多くが避難していたという郡山市も訪れ、被災者を交えた意見交換を実施。揺れのあと、停電で状況がわからず着の身着のまま避難し、寒さをしのごうと全員で腕を組んで夜を過ごしたことや、一時帰宅したが、荒らされた跡があり住める状態ではなかったこと。桜の名所も帰還困難区域に指定され、近づくことができなくなった。さまざまな思いを聞くなかでも「忘れないでほしい。見守ってほしい」という現地住民の言葉が、強く心に残る。
交流の場を提供
青葉区社協では震災直後の2011年6月から、岩手県釜石市への職員派遣や現地の視察、海岸清掃などのボランティア活動を実施。13年9月の研修で郡山市を訪れた際に同町と初めて交流。その後も現地を訪れ「今だからできる、まだ必要とされている支援」を考えてきた。昨年8月には同市の社協を通じて原発事故からの避難者にチラシを配布。離れ離れの被災者を集めたサロンをふれあい青葉で開催した。11年5月、情報発信や交流の場として避難所で誕生した「おだがいさまセンター」にちなんで「おだがいさまサロン」と名付け、今年3月3日にも実施した。「応援というにはおこがましいが、交流できたら。一緒に連携していきたい」
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