緑区食品衛生協会の会長に就任した 三谷 英雄さん 霧が丘在住 76歳
人生、遅すぎることはない
○…消費者の食の安全を守る活動を行う緑区食品衛生協会の会長として旗振り役を担うことに。食中毒予防キャンペーンなどを幅広く展開している同協会。区内で食品を扱う店舗関係者の会員約200人を統括する立場だ。「今年、協会は設立50年目の節目を迎える。新時代にふさわしいよう、もっと会員を増やし、女性や若い世代も活躍できる場を整えていきたい」と意気込みを見せた。
○…横浜市鶴見区生まれ。戦時下だったため、生まれてすぐに長野県へ疎開。終戦後は東京へと移り住んだ。当時は食糧難の時代。「いつもお腹を空かせていたね。柿の木に登って柿を採って食べたりしてた」と子ども時代を懐かしんだ。会社員として15年近く勤めていたが、30代半ばで商売の道へ。「自分の権限で、自由にできることに魅力を感じた。健康な体さえあれば、道は切り開けると思っていたね」と振り返った。知り合いの酒屋で修業を積んだ後、酒類などを扱う旭屋霧が丘店を開業した。「独立したのは40歳。かなりの遅咲きだね」とにこり。
○…霧が丘商店会の会長も務め、縁日やバザーなど地域住民が喜ぶイベントを数多く企画してきた。「自分の商売だけではなく、地域全体を盛り上げたかった」と笑顔を見せた。そんな姿勢もあってか、客との信頼関係は厚く、いつも世間話に花が咲く。現在も配達などで各地を走り回るが、「この年で、重たい酒などを運んでいると、『元気だね』と驚かれるよ」
○…機械音痴だったが、2年前にスマホに買い替えた。「なんでも調べられるよ。使えると便利だね」。今後、挑戦したいのは、パソコン操作だ。同協会の資料作成などに役立てたいのだという。「頑張って操作を覚えたい。何事も挑戦。遅すぎることはないからさ」
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