『偲ぶ』シリーズ(中) 次世代に託した好奇心 下川井町の書道家・萩野則之さん
どうやったら生徒を楽しませることができるか―。書道教室ではミニゲームを交えるなど明るく和やかな雰囲気だったが、三女の睦子さん(43)は「教え子と違って(自分の)子どもには厳しかった」と苦笑する。
書道の先生として、父親として萩野さんが息子、娘たちに寄せる期待は大きかったようだ。
「文章の内容を理解しながら書く」というのが持論だった。活字好きで読書家でもあった萩野さんには、絵本をよく買ってもらっていたという長女・恵子さん。伝説上の盗賊を描いた昔話「酒呑童子(しゅてんどうじ)」を丸暗記していて、よく読み聞かせをしてくれた姿がふと蘇る。風呂場では、くもりガラスに字を書きながら教わったことも思い出の一つだ。
古典や漢詩など、昔から歴史には好奇心の眼差しを人一倍向けていた。「後世に郷土の歴史を活字で残しておきたい」。そんな長年の願望が実現したきっかけは、定年後に郷土研究をしていた牧田修俊さん(71)=都岡町在住・写真=との出会いだった。
3年前、知人を通じて偶然知り合った2人。やがて萩野さんが牧田さんの自宅を訪れた。「子どもたちに何か形として残さなければ」という使命感が一致し、郷土史書の制作が始まった。
取材では萩野さんの人脈で、地元の有力な証言者への聞き取りが次々と実現。その数は70人にも及んだ。そのほか新聞記事や文献による事実関係の裏付け、写真整理など膨大な作業に、「生活のリズムが変わった」と牧田さんは振り返る。
昨年10月に胃がんと診断され、入退院を繰り返していた萩野さんが元気なうちに本を完成させたい―。その一心で執筆を進め、2月に367ページの大作「都岡村の今と昔」が完成。起き上がることもままならない萩野さんは「いい出来だ。みんな喜ぶよ」と納得の表情だったという。「元気だったら、中身についてじっくり議論を交わしたかった」。牧田さんの瞳に、うっすらと涙が浮かんだ。 ―続く
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