「忠臣蔵」で赤穂浪士に討たれた吉良上野介の吉良家が蒔田に領地や城を持っていたことを題材にした浪曲が11月24日に旅館松島=蒔田町=で披露された。市民団体「蒔田の吉良歴史研究会」(齋藤勁会長)の企画。小田原北条氏から嫁いだ姫の話を浪曲にしたもので、同会は「蒔田城や吉良家のことを知ってほしい」と願っている。
浪曲を演じたのは東家(あずまや)一太郎さん。同会の事務局を務める旅館松島が以前から浪曲の公演を行っていた縁から、一太郎さんに声を掛けた。一太郎さんは同会が行う勉強会に参加し、蒔田と吉良家の関係を学び、市歴史博物館の学芸員に話を聞き、浪曲を作っていった。
浪曲は、北条早雲の孫である幻庵の娘「鶴松姫」が1560年に蒔田に嫁いで来たことが中心。「可憐なお姫様がやって来て、蒔田の町は大騒ぎ」と始まる。関東の吉良家の起源である足利家からの流れを説明し、最後は「蒔田の城がよみがえる」とうなって、相三味線(曲師)の妻・美(みつ)さんと息の合った約20分間の浪曲を披露した。
先祖がゆかりの墓に
室町時代に分家したとされる吉良家。愛知県の本家は討ち入りをきっかけにお家断絶となったが、分家はその後も続いた。室町時代に世田谷から蒔田に移り住み、そこが蒔田城(現在の横浜英和女学院)となった。そばの勝国寺には、今も供養塔が残る。一太郎さんは、蒔田の吉良家のことを知るようになって、先祖が勝国寺の墓に眠っていることが分かったという。
蒔田城や蒔田の吉良家については、史料が少なく、専門家の研究もあまり進んでいない。同会は三河や世田谷の吉良家を調査する団体などと連携し、埋もれた歴史の発掘に取り組んでいる。
同会は「もっと蒔田の吉良を知ってほしい」と話し、横浜にいる可能性のある吉良家の子孫を探す活動にも取り組む。
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