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戦争体験を語り継ぐ 松ケ丘在住・菅野章さんに聞く

社会

掲載号:2019年5月30日号

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自身の体験を語る菅野さん
自身の体験を語る菅野さん

 1945年5月29日に起きた「横浜大空襲」から今年で74年が経つ。特に神奈川区は市内最大規模の約6800人もの死傷者が出るなど甚大な被害が出た地域だ。戦争体験を後世に伝えようと、本紙では区内・松ケ丘に住む菅野章さん(81)にインタビューを実施。菅野さんは「戦争はこりごり。絶対にしてはダメ」と力強く語った。

 西区藤棚町で育ち、幼少期のほとんどを戦時下で過ごした菅野さん。5歳の頃から空襲に備え、自宅には防空壕、玄関には火を消し止めるための防火用水、枕元にはいつでも逃げられるように防空頭巾を置くのが日常だった。外遊び中に米軍機からの機銃掃射を受けたことも1度ではなく、「電信柱にぶつかるのではと思うほど近くまで来ていた」と子ども心に感じた恐怖を語る。

 横浜大空襲が起きた当時は7歳。同じ年の3月に東京大空襲があったことから”横浜も危険”という父の判断で、空襲1カ月前の4月に一つ上の姉とともに父の親戚がいる福島に疎開していたため、菅野さん自身は被害に遭わなかった。この戦火で自宅は焼失したものの、父・身ごもっていた母・祖母・妹たちはあちこちに爆弾が落ちている道を必死で逃れて無事だった。

 疎開先にも空襲が来るようになったため、焼け野原となった横浜の方が安全と7月中旬には自宅へ。桜木町駅に降り立った時の光景は今でも目に焼き付いている。「あんなに賑やかな場所だったのになにもなくてね。薄暗闇の中で焼け残ったような電信柱が何本か建っているくらいで」と当時を思い出し思わず言葉に詰まる。

 その後は自宅にほど近い遠縁の親戚の家にあった6畳ほどの物置小屋に家族で住み、終戦を知らせる玉音放送もその場所で聞いたという。

戦後も食糧難に苦しむ

 終戦後には食料の確保に一苦労。配給だけでは足りず、食べ物と換えてもらうため家族が焼け残った着物を千葉の幕張まで持って行ったという。また、近所を通る米兵に”ギブミーチョコレート”と声を掛けたことも。

 中学卒業後は祖父・父に続き三菱重工業(株)に入社。好きな歌をやりたいと職場にあった男性だけの合唱団に入るだけでなく、平和を願って演奏する神奈川合唱団の研究生としても活動した。現在は同合唱団の練習場でもある神奈川音楽センターの代表を務めている。「2度と戦争は繰り返してはいけない。平和の大切さを”歌の力”で伝えていけたら」
 

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