市政報告 少なくなる大空襲の体験者 日本共産党横浜市会議員 宇佐美さやか
74年前の1945年5月29日午前9時20分頃から約1時間にわたり、米軍のB29爆撃機517機、P51戦闘機101機によって横浜市内の中心部は、無差別攻撃を受け、焼け野原となりました。亡くなられた方は、8千人とも1万人とも言われていますが、それ以上の方が亡くなられたという説もあります。
機銃掃射の攻撃を受けながらも、命からがら助かった方はいよいよ高齢になられ、年々戦争体験を直接聞くことが困難になりつつあります。
タウンニュースで昨年、「九死に一生を得た」と当時の空襲体験を証言してくださった大関美代子さんが今年、亡くなられました。大関さんは「戦争は全てを失うものだと、何で気が付かなかったのだろう。今後も、当時の教訓を語り継いでいくつもりだ」と語られていました。
今となっては聞くことができない体験談を、記事として残していただけたことに感謝しています。でも、「もっとご本人から当時のことを聞かせていただきたかった」という思いが残り、悔やまれてなりません。
大関美代子さんに心より哀悼の意を表します。
惨劇を繰り返すな
私は、これからも横浜市から「憲法9条を守れ」の声を上げ続けます。そのことが戦争で犠牲となった全ての方々に対するお悔みとなり、二度と惨劇を繰り返さない、さらなる犠牲者を生まないために必要だと思っているからです。この宝物である平和憲法を後世に手渡すことが、今を生きる大人の仕事だということを、心に刻み活動してまいります。
国際平和推進都市横浜へ
横浜市議会では昨年の第2回定例会で、「国際平和推進条例」を全会一致で成立させました。これを受けて、今年度の横浜市の平和推進事業関連予算が1・5倍されました。
これからも横浜市が、国際都市として国際平和の先頭に立つように、市民のみなさんと手を取り合い歩んでいきたいと思います。
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