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東有馬石山さん 人権啓発で市表彰 ハンセン病、正しい理解訴え

社会

掲載号:2021年9月17日号

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苦楽を共に歩んできた石山さん夫婦
苦楽を共に歩んできた石山さん夫婦

 差別や偏見のない社会の実現に尽力しているとして、ハンセン病患者の権利回復運動をけん引する東有馬在住の石山春平(はるへい)さん(85)が9月7日、2021年度川崎市社会功労賞を受賞した。

 市社会功労賞は、市民生活や地域社会の向上・発展に長く尽くし、その功績が顕著なものに贈られる。受賞に対し、石山さんは「ハンセン病に対する誤った偏見や差別に苦しんできたが、人権啓発活動を続けてきてよかった」と喜ぶ。

小6で隔離

 静岡県の農家に生まれた石山さん。小学4年生のころから身体に異変が生じ、6年生の夏休みにハンセン病と診断された。「新学期に学校へ行くと席がなくなっていた。先生が燃やしたと聞いて傷ついた」と涙ながらに当時を振り返る。ハンセン病は、極めて感染力の弱い「らい菌」によって引き起こされる細菌による慢性の感染症。当時の日本は、ハンセン病に対する間違った認識から、罹患した人々は隔離されるのが一般的だった。石山さんも昼間は納屋に閉じこもり、寝る時だけ母屋に戻る生活を強いられたという。

 日本では1931年に、全てのハンセン病患者を療養所に入所させる「らい予防法」が制定された。「二度と戻ってこられないと聞いていたが、仲間が欲しいという思いの方が強かった」。16歳のときに療養所行きを志願し、約100人の入所者と自給自足の生活を15年続けた。96年に入所施策はなくなったが、この法律がハンセン病に対する根強い偏見や差別の要因になったといわれている。

人に恵まれた人生

 社会復帰は、療養所での仕事ぶりを認められたことがきっかけ。身元引受人になってくれた、零細企業の社長が営む町工場で働き、遠距離恋愛中だった妻を呼び寄せた。約50年前に県営有馬団地に移り住み、3人の子どもにも恵まれた。「富士山も見えるし住み心地がいい」と今でも夫婦で暮らす。知人の紹介で障害者の生活を支援するガイドヘルパーに転職。その後、30年にわたり従事した。「人に助けられてきた人生。妻にもずいぶん苦労をかけた」としみじみ語る。

 全国ハンセン病療養所退所者連絡会副会長や川崎市肢体障害者協会会長などを歴任。2001年、国への訴訟を機に、実名を公表して全国各地での講演を開始した。18年には本を出版、今年はドキュメンタリー映画を配信するなど、今も精力的に活動している。「差別や偏見のない社会のために、少しでも活動を続けていきたい」と未来を見据える。
 

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