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高津物語 連載第九七三回 「高津高等女学校」

掲載号:2016年12月2日号

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高津高等女学校、創立10周年記念式典時の校舎
高津高等女学校、創立10周年記念式典時の校舎

 旧溝口一一九三番地の敷地一一一四平方メートルの土地は、明治四五年五月二五日父鈴木清一、又溝口一二二七番地一及二の土地は、明治二四年七月鈴木清助が家督相続した土地だった。

 関東大震災で倒壊した高津小学校のため、土地を提供した上田安左衛門家と同様、私達の田中屋本店鈴木家は、高津町のために高津高女用地を寄付した。

 昭和九年八月一日、高津町溝口一一九三番地に高津高等女学校の独立校舎が新築落成して移転した。

 昭和十年四月、組織を改め実科を廃し、高津町立高津高等女学校と改称、修業年限は四年、生徒定員は二百人とした。

 昭和十二年四月、川崎市との合併により、川崎市立高津高等女学校と改称した。

 昭和十九年八月、戦時国策会社日本光学川崎工場溝口分工場が、学校施設全部を占拠して、機械部品を搬入、即操業開始し、高津高女生も日の丸鉢巻で働いた。学校は、高津区末長二八二の光が丘架設バラック校舎に新築移転した。

 昭和二〇年、敗戦と共に高津高女は授業再開、昭和二三年、川崎市立高津高校として新たに出発、昭和二九年七月には久本一八〇番地の現在地の新校舎に移転して、今日に至る。また、敗戦で旧日本光学川崎工場溝口分工場の閉鎖に伴い国有財産となり、川崎市に移管された。

 東京都大田区旗の台の旧日本光学関連施設の国有財を学校法人「立正学園」が買収、同時に高津区溝口旧日本光学用地を買収した。これにより、昭和二一年三月十日付で川崎市市有地は、学校法人立正学園付属溝口小学校・溝口幼稚園に売却され、開校の運びとなる。

 戦後、国有財産の処理を巡り、日本光学川崎工場を洗足学園の前田家が買収したり、国立の通産省地質調査所が来て、後につくば学園都市に移動し、その後に川崎北税務署が入る等目まぐるしく動いた一環である。

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