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まちの「はてな」に迫る【4】 貫いた「木彫師の命」 市ノ坪・後藤正房(1834-1916)

文化

掲載号:2021年5月7日号

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81歳の頃の後藤氏(右)/ドイツ公使から依頼を受けた木彫りと同じデザインの作品
81歳の頃の後藤氏(右)/ドイツ公使から依頼を受けた木彫りと同じデザインの作品

 市ノ坪にかつて、川崎市近隣に名を馳せた木彫師がいた。名は後藤正房。本名を田口彌曽吉という。後藤氏は明治時代、川崎大師平間寺や東福寺など各地の寺院の彫刻物を手掛けていた。

 後藤氏は天保5(1834)年生まれ。曾孫・田口弥生さん(81)によると、後藤氏は10代の頃、両親に畳職人になるよう言われていたが、気が進まないでいたという。その頃、たまたま通りかかった川崎大師で木彫師の仕事現場を目にし、心を奪われた。大師の職人に弟子入りすると、絵や文字の書き方までがむしゃらに吸収していったという。

 30代になると、一人の木彫師として多方から依頼を受けるようになったようだ。『民俗・かわさき物語』によると、明治3(1870)年には横浜のオランダ領事から、翌年にはドイツ公使からも、椅子の飾りや壁にかける木彫りの製作依頼を受けていたという。作品に感嘆したドイツ公使からは、本国の仕事を打診されたとも。このドイツ公使に頼まれたブドウをあしらった木彫りと同じものが、今も田口家に残されている。

 日の出とともに起床し、自宅横の仕事部屋で作業。寺院には必ず歩いて行き、日没とともに帰ったという。後藤氏の仕事ぶりは近所でも有名で、屋号を「彫りもの屋」と呼ばれた。寺院の仕事が多かったからか精進料理を好むなど、こだわりも多かったそう。

 82歳で亡くなるまで手を休めなかった後藤氏。田口家に今なお残る未完の作品が、木彫師として人生を全うした後藤氏の生き様を物語っている。

参考文献:白井禄郎『民俗・かわさき物語』

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