麻生区版 掲載号:2015年9月25日号 エリアトップへ

柿生郷土史料館タイアップ企画 柿生文化を読む 第68回麻生の寺院  常安寺

掲載号:2015年9月25日号

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 上麻生の常安寺は、室町時代後期創建された、前稿片平善正寺に似て村の領主を開基とした日蓮宗の寺で、新編武蔵風土記稿には「日蓮宗、相州鎌倉郡比企谷妙本寺末、妙香山と号す、開山日鏡永正十三年七月卒須、開基光照院常安、俗名は小嶋佐渡守と云、永正十一年九月二十一日卒す、(中略)本尊三宝を安す、(中略)常安の室慧性院妙香日芳は、永正十六年十一月十三日卒す、彼が先祖の位牌は相州矢口清龍寺にあるよし言伝えリ、慶長二年番神堂領六石の御朱印地を賜れり、境内に古碑一基あり、文明十六年(1484)妙祐禅尼と付されて…」と記しています。

 この小嶋佐渡守の祖は村上天皇の末裔と言われ、八代の祖八郎豊国は武州池上で日蓮上人に謁を賜り、日真の法名を拝し、代々日蓮宗に帰依していた家系(小島家縁起)だそうで、応仁の乱(1467)の頃、足利公方の招きで麻生の地に土着。屋敷(現柿の実幼稚園)の表鬼門(東北)に月読神社を勧進、裏鬼門(南西)に常安寺を建立。戦乱に苦しむ村人の安寧を祈った、と伝承されています。

 この常安寺の開基とされる小嶋佐渡守源左衛門高治は戦国の世の武将として妙法に帰依し永正11年(1514)9月寂しております。常安寺の創建は翌年永正12年(常安寺縁起)ですから、この寺の創建は高治への追善供養だったのでしょう。

 その後この寺は、造立僅か30年足らずで全焼しており、新編武蔵風土記稿によると「天文十三年二月再建あり」と記されておりますので、檀徒の日蓮宗帰依の信仰を、当時、北条氏康の農民救済の善政が再建を可能にしたとも思われ、北条氏の世が終り、江戸時代となると開基小嶋佐渡守の後裔は武士を捨て農を選びますので、寺の栄枯盛衰はあっても檀徒により500年余の法灯は継がれ、前記番神堂料6石の御朱印、日蓮宗独特のひげ文字曼荼羅などが今も大切に保存されています。

参考文献:「新編武蔵風土記稿」「ふるさとは語る」「麻生の神社と寺院」
 

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