柿生郷土史料館タイアップ企画 柿生文化を読む 第115回 シリーズ「麻生の歴史を探る」民間信仰(3)石造物〜道祖神 前編
道祖神はセイノカミ(斉、塞)とか、トウロクジン(道陸神)とか呼ばれる道の神様で、通常、村の境や橋のたもと、山の入り口などに、外から来る災い、厄病、災害、邪悪などを防ぐため神が宿した塔を言い、従ってどこの村にも人馬の往来の多い路傍には、「道祖神」と呼ばれる聖地がありました。
私の家は上・下麻生の境に在りますが、当時(昭和初年)巾4mほどの日野往還(神奈川道、現横浜上麻生線)が下麻生の恩廻し部落(現恩廻公園)の道と接する三叉路に2坪ほどの草叢(くさむら)があり、そこが道祖神の宿る所でした(石塔なし)。毎年1月8日を過ぎると、昨年暮れの煤払いの竹や、門松・荒神様(かまどの神)、正月飾りのお札などを集めて、三角型の塔を作り注連縄(しめなわ)を張り、14日の午後一年の息災を感謝して焼いたものです。この事を「セイノカミ」とか「ドンド焼き」とか言いますが、そのルーツは平安時代、宮中での火祭り行事、左義長(さぎちょう、三毬杖)から始まったもので、清涼殿では毎年小正月(15日)庭に青竹を束ねて立て、扇子や短冊を結い付け囃し立てて焼いた(大辞典)そうです。それが民間では書初めを焼いて舞い上げたり、子供たちには楽しい「だんご焼き」となりますが、焼け残った門松は、それぞれ持ち帰り家の定口(じょうぐち=入口)に立て、焼いた団子は風邪をひかぬといい家族で食べたものです。【後編へ続く】
参考資料:「川崎の民俗(角田益信)」「くろかわ」「岡上再発見」
文:小島一也(遺稿)
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