麻生区版 掲載号:2018年3月16日号
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柿生郷土史料館タイアップ企画 柿生文化を読む 第121回 シリーズ「麻生の歴史を探る」民間信仰(6)石造物〜馬頭観音 前編

岡上小字関の馬頭観音
岡上小字関の馬頭観音
 観音というと浅草の観音様、鎌倉の長谷観音を連想しますが、観音様とは人々の様々な願いや悩みを三十三態のお姿となって現れ慈悲を下さる菩薩と言われ、千手観音、如意輪観音などがそれですが、馬頭観音もいわゆる六観音の一つとされています。この馬頭観音の信仰は、すべての苦しみや災害を打ち砕く威力を持つ観音菩薩として信仰が始まりますが、やがては村の強い働き手である馬の無病息災を願うものとなり、特にこの地方では暮らしの中で家族同様だった馬の死を悼み、馬頭観音(塔)の造立となっていきますが、その造立者・馬頭観音像の型は様々です。

 市の調査によると(昭60)、市内には確認した石造の観音像が264基あり、そのうち、馬頭観音像は141基で造立年代は宝暦十一年(1761)頃から江戸末期に及び、そのピークは明治34年から大正9年です。物流を馬の力に頼ったその頃、村には馬喰、馬方などの農間渡世の生業があり、これ等の人の造立が多かったのではないでしょうか(形が小さく未発見が多い)。

 岡上小字の関、本村橋の傍らには、台座を含め約1・5m余、正面に馬の頭の宝冠を被った3面のお顔を持つ観世音像が浮き彫りされ立っています。台座には馬持講中と記され、天保十年(1839)の銘があります。この馬の頭の宝冠を被った観音が本来の馬頭観世音菩薩で、それは宝冠に示された馬が自由に天空を駆け回り災害を打ち砕いてくれるとしたもので、その3面のお顔の表情は三様と言われています。また、この宝冠を被る馬頭観音は万福寺の土地区画整理事業で設けられた覆屋の中にも2基あり、1基は台座を除いて高さ約60cm、文久二年(1862)二月吉日の銘があり、台座には”村中”と記されており、宝冠を被った観音が浮彫されていますが、残念なことに3面は剥落しています。片方は高さ約70cmとやや大きく同じ馬頭宝冠の観音像ですが、蓮台や光背があり、これには鈴木、中島、高橋と願主の名が記され、惣村中とあり、天保十五年(1844)造立の銘がありますので、村の有力者が先導して文久の馬頭観音が造立されたのでしょう。【後編へ続く】

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