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柿生文化を読む 第159回 シリーズ「麻生の歴史を探る」江戸で人気 禅寺丸柿 後編 文:小島一也(遺稿)

掲載号:2019年10月11日号

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【前編から続く】

 当時、この麻生から神田(片道6里24Km)へは、朝早く家を出て、登戸の渡しを2銭5厘の船で渡り、三軒茶屋で一休みし、大山街道溝の口(二子の渡し)から来る都築・橘樹郡の仲間と一緒に半蔵門を右折、神田市場に入いりました。川崎市史王禅寺明細帳(志村家文書)によると、弘化2年(1845)には王禅寺村だけで年200〜260両の現金収入(隔年結果で平均150両)があったと記載されており、それは王禅寺村に限ったものではなく、この地方の貧しい農民の暮らしを助けており、「家を建てれば、柿を植えよ」と、今も在家の屋敷には柿の古木が残されており、先人100年の大計が名産禅寺丸柿を創り上げたものと思われます。

 だが、江戸幕府が滅び、明治維新、時世の変化は、いつまでも禅寺丸柿が果実の王座を占めるのを許しませんでした。このところを市ヶ尾の農民である作家の広田鉄太郎氏(花崖)著の禅寺丸栽培法(明治44年)をお借りして述べると、「然るに十数年前より奥羽地方の林檎東京に現れ、其鮮(あざやか)な色彩と、其の芳烈なる風味とは、奢(おご)れる都人士の嗜好に適い、柿実は消衰への状を呈せるに加えて、相州片浦一帯の柑橘(かんきつ)熟衍(じゅくえん)し、京浜の市場に顕はれ、柿実は再び之に窘(くるしめ)られたり…」とあり、「我が禅寺丸柿は漸く悲境に立ち至らん形勢なりしが、昨、明治42年初めて販路を尾州(名古屋)枇杷島市場に求めるや、名声燦燦(さんさん)として揚がり、栽培は再び活気を呈せり」と時代調で記し、同年10月「禅寺丸柿は都筑郡の特産なるを以て郡長により宮内庁に献上の儀を出願」、王禅寺村森七郎氏の柿実が明治42年10月26日「献上柿子」となったことを述べています。

 時は経て100余年、旧柿生村有志により、平成7年禅寺丸柿保存会が結成されて柿ワインが醸造発売され、平成19年には国の文化木保護による登録記念物になっています。
 

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