麻生区版 掲載号:2020年11月27日号 エリアトップへ

柿生文化を読む シリーズ「鶴見川流域の中世」中世人の生活の舞台としての鶴見川【5】 「鶴見寺尾絵図」【3】文:中西望介(戦国史研究会会員・都筑橘樹研究会員)

掲載号:2020年11月27日号

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「鶴見寺尾絵図」神奈川県立金沢文庫所蔵
「鶴見寺尾絵図」神奈川県立金沢文庫所蔵

 40 年前に明治大学の高島緑雄先生の鶴見寺尾郷調査に同行させてもらって以来、幾度も足を運んでいるがそのなかで印象に残った所を挙げてみたい。絵図にある白幡宮は東寺尾町の白幡神社で、低地に張り出した台地の中央部に位置して周囲を見渡すことができる。この台地を囲むように西・北・東側の3 方から入江川に注ぐ谷戸が入り込んでいる。絵図には五郎三郎掘籠・性圓掘籠・□郎掘籠と記された谷戸田がこれにあたる。この付近には湧水があり、白幡神社から谷戸を隔てた宝蔵院の崖からは今も豊富な湧水が流れ出る。五郎三郎掘籠の背後は馬水飲谷が描かれているが、これは国道1号線のバス停荒立に比定される。江戸湾交通と鎌倉下道の結節点である鶴見には、物資の輸送に不可欠な多数の馬が飼われていた。馬水飲谷はそうした馬の給水や休憩場所の役割を果たしていたと考えられる。

 話を白幡神社の北東の台地には転じると、殿谷公園には絵図が描かれてから約百数十年後に築かれた寺尾城址があり発掘調査によって土塁・空堀・中世墓や板碑等が出土している。殿谷公園の北に□郎掘籠の谷戸田が入り込んでいる。この谷戸の背後にある台地が絵図に記された犬追物がある。この辺りで武士達が馬場に犬を放ち騎馬で追いかけて蟇目矢で射掛る犬追物を行ったのであろう。地名もそれに因むかのように馬場である。付近には鶴見配水塔が建ち東には尾根道が下末吉方面に伸びて、尾根道からは北方に三ツ池を望むことができる。絵図に「新境押領」と記された太い黒線がこの尾根道である。
 

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