麻生区版 掲載号:2021年5月21日号 エリアトップへ

柿生文化を読む シリーズ「鶴見川流域の中世」謎の深い前滝口榎下重兼たち【3】文:中西望介(戦国史研究会会員・都筑橘樹研究会員)

掲載号:2021年5月21日号

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榎下郷周辺の地図 榎下の地名が記されている
榎下郷周辺の地図 榎下の地名が記されている

 榎下重兼は天皇近侍の武力である滝口に任じられている事から相当な武士である。榎下重兼はどこの武士であろうか。地名と人名で調べてみた。安田義定の根拠地である甲斐国や守護と国司を兼帯して支配した遠江国は、最も可能性が高いと思われるのでその痕跡を調べてみたが管見の限り見当たらない。重兼の「重」は秩父平氏の通字であるので、秩父平氏関連の系図類に当たったが重兼は記されてなかった。視点を変えて「重兼」を系図類で検索してみると「武蔵七党系図」の横山党に沢田氏・糟谷氏、「岡部系図」の横山党に藍原氏、「武蔵七党系図」の猪俣党に横瀬氏、「小林系図」の小林氏に重兼を見出すが、いずれも榎下を名乗っていない。文献史料での検討は新たな史料が発見されない限り、これ以上前に進むことが出来ないのが現状である。

 地名の榎下について検索すると、武蔵国の地名では榎下の地名は都筑郡榎下郷だけであった。榎下郷は江戸時代の久保・寺山・台・中山・小山・十日市場の村々を含む大きな郷村である。榎下郷の史料はどこまで遡ることが出来るのだろうか。それは「三宝院伝法血脈」に室町時代の文明6年(1474)11月18日に印融が弟子の融恵と融弁に「武州小机保榎下観護寺」において付法する記事が初見である。地名でも鎌倉時代に遡ることが出来ない。

(つづく)
 

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