川崎区・幸区版 掲載号:2012年7月27日号
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サッカー男子五輪代表 恩師・両親が語る齋藤選手 豊富な運動量 少年時代から

齋藤選手(右)と兄・優さん(左)、行きつけの店の店員(優さん提供)
齋藤選手(右)と兄・優さん(左)、行きつけの店の店員(優さん提供)

 きょう未明にグループリーグ初戦を終えたばかりのロンドン五輪サッカー男子日本代表。23歳以下の精鋭たちの中に、幸区出身で現在は横浜F・マリノスで活躍する齋藤学選手(22)がいる。豊富な運動量と果敢なドリブルが持ち味のストライカーは、どのようにして育ったのか。家族や少年サッカーチームの恩師への取材から、齋藤選手の素顔に迫った。

◇ ◇ ◇

 日吉小学校、塚越中学校、市立川崎高校を卒業。小学校3年生からは横浜F・マリノスの下部組織でプレーした。横浜市神奈川区の練習場まで実家のある幸区鹿島田から電車に乗って通っていた。

 「見た目は全然変わらない。あのまんま大きくなった感じ。今も童顔でしょ?」。齋藤選手が小学校2年生時まで所属していた「東小倉サッカークラブ(SC)」の坂本一会長(62)はそう言って笑う。身長も同年代の中では小柄な方で、フィールドを縦横無尽に駆け回る運動量の豊富さも、当時から変わらないという。

 今でも東小倉SCのことを気にかけ、年末の「蹴り納め」などには顔を出してくれるという齋藤選手。坂本会長は「もし私が代表に呼ばれたとしたら、天狗になっているところ。それを今も顔を出して、ミニゲームに参加したり、一人一人にサインしたり。小さいころから変わらない、人間味みたいなものがある」。そう語る会長の表情は誇らしげだった。

兄の背中を追いかけ成長

 齋藤選手の実家近くに住む坂本会長は、鹿島田駅の隣にあった空き地で壁を相手にパス練習に励む学少年を見かけたこともあった。「偶然その日だけ、というわけではないはず。毎日やっていたんじゃないかな」――。

 毎日練習していたのは事実のようだ。齋藤選手の父・薫さん(54)はこう話す。「お兄ちゃんと一対一をしたり、壁打ちをしたりしていました。日が暮れて『早く帰ろうよ』って言っても聞かないんです」。

 県選抜にも選ばれていた兄・優さん(25)の背中を追うようにサッカーに打ち込んだ。「兄貴の記録を全部塗り替えていった。優がフロンターレの下部組織に入ったのに、マリノスを選んだのも意識してたからじゃないですかね」(薫さん)。各年代の日本代表に選出され続け、横浜F・マリノスでも狭き門を通過してトップチーム入り。五輪代表にまでこぎつけた。

 ただ、息子としての齋藤選手は昔から変わらない。「五輪代表に決まった時、『頑張ってな!』とメールしたのに、返事は『おう』とか、それくらい。親父なんてそんなもんですかね」と、あまりにあっさりした性格を笑う。選抜などのセレクションの度に親の方が緊張していたくらいで、本人はいつもケロッとしていたという。

 「代表として期待されている以上は、それだけの仕事をして帰ってきてほしい」。齋藤選手にそうエールを送った後で薫さんは「まあ、無事に帰ってきてくれればいいんですが」。親の本音がこぼれた。

 次のモロッコ戦は30日の午前1時(=日本時間)から。地元や家族からの声援を背に、幸区出身のドリブラーがピッチを駆ける。
 

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