ミューザ川崎で開催中の「市民愛蔵品・芸術作品展」に尽力する 小笠原 功さん 浅田出身 71歳
川崎文化を「縁の下」で支える
○…「市民愛蔵品・芸術作品展(斎藤文夫実行委員長)」では作品の運搬から会場の設営、広報活動までを担った。他にも川崎区文化協会事務局長、市総合文化団体連絡会の編集委員長等、あらゆる顔を持つ。「どの肩書きもトップではないところがミソ」と笑うが、実態は「縁の下の力持ち」。その実を知る地域の人達の推薦で、13年に開館した東海道かわさき宿交流館の副館長に就任。館の構成から展示の説明文などの細部に至るまでを担当し、現在も企画展準備やマスコミ対応など、忙しい毎日を送る。
○…浅田に生まれ、生後3カ月で秋田市に疎開。ウサギを追い、ドジョウをつかむ「自然児」として育つと、10歳のときに父親の仕事の都合で身に着いた秋田弁とともに川崎に戻った。小田小学校へ通うと、全く通じない「言葉の壁」に途方に暮れ、標準語を必死で覚え、どうすれば伝わるかを考える日々。試しに、ラジオで聴いて覚えた落語を標準語と秋田弁の2通り披露すると大喝采を浴び、一躍クラスの人気者になった。「この経験がすべての原点。言葉や表現、伝わり方をすごく意識するようになった」。
○…大学卒業後、5つ以上の職を経て川崎市役所職員に。市民相談室や広報で経験を積み、政令市で初めて設置された文化室の主査として歴史ガイドパネル設置事業等に取り組んだ。「何しろ文化に特化した部署。大名の床の間にあるような政治経済の歴史ではなく、ここに団子屋があった、六郷橋はこんな役割を果たしたというような文化を知ってもらえるよう表現したんだ」と胸を張る。
○…クラシック音楽に詳しく、最近始めたフォークギターで吉田拓郎も奏でる。「ダジャレの会」会報誌に渾身のダジャレを発表するのも楽しみのひとつ。「仕事も趣味も、あらゆる分野に挑戦していろいろな顔をもってこれからも川崎で活動していきたいね」。”オールマイティーのスペシャリスト”が表情豊かに語った。
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4月26日
4月19日