本紙独占!オダサガ川柳 あの水野さんが書きおろし
南区相模台に住む、コピーライター・水野タケシさん(48=写真)も(・)今回、地元・ペアナードの開業を記念し、「オダサガ川柳」を書きおろしてくれました。
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水野さんは22年前から、毎日新聞の川柳コーナーへの投稿を続け、この夏、初の句集『仲畑流万能川柳文庫【1】水野タケシ三〇〇選』(毎日新聞東京センター【電話】03・3212・2349)=下写真を刊行した。これは、新聞に掲載された水野さんの入選作品から、さらに選りすぐりをまとめたもの。「肩落とし/映画館出る/原作者」「いるんだな/笑顔が似合う/悪いヤツ」「お年玉/あげたばかりに/ケチがばれ」など、ユーモアセンス抜群で、思わず感心してしまう302句が収められている。「多くを作って多くを捨てるタイプ。目に見えるものを五七五でとにかく表現してみる」。水野さんの入選作はなんと1千句を超えている。
クリエイティブ一家
水野さんの祖父は日本画家で、戦前に大阪で広告会社を起業した。6人の子をもうけ、そのうち3人は”クリエイティブな仕事”に。その一人、水野さんの父親・卓志さんは日本を代表するグラフィックデザイナー、アートディレクターで、資生堂のデザインをいくつも手がけた。
そんなクリエイティブな家庭で育った水野さん。「絵を描いても親から褒められたことがない」「旅行は美術館」「夜になると美術について討論」など、ならでは(・・・・)の体験多数。その道へ進もうと小学生のとき漫画を描いてみるも、自ら「無理」と判断。「根気がなかった。でも学校で詩は褒められましたね」。中学に入ると、読書にめざめ、高校の時、父親の仕事仲間で、超大御所コピーライター・土屋耕一さんの本に出会い、”言葉の道”を志した。
そして、社会人になり父親のサポートをしながら雑誌『広告批評』が運営する広告講座に通い、そこで、こちらも超大御所コピーライターで、憧れだった仲畑貴志さんの授業を受ける。それとほぼ同時期に、偶然目にした毎日新聞の中で、仲畑さんが川柳コーナーをはじめたことを知り、投稿をスタート。以来、22年間ハガキを出し続け、その数は1万通以上にのぼるそう。
創作の薦め
今回の『三〇〇選』刊行にあたり、仲畑さんは「この思索の自由と視点の無尽が、万能川柳の世界を豊かにし、多くの仲間を育ててくれた。ありがとう」と称えている(まえがきより)。
都内で川柳教室の講師も務めている水野さん。「とにかく作る。その壁を乗り越えることが大事です」と初心者へアドバイスを送る。「俳句は難しい。川柳は宇宙に行ってもできるんじゃないかな。心模様を伝えられる」とその魅力を話す。
ぜひあなたも『三〇〇選』を参考に、地元川柳を詠んでみては。