子どものころに聞いた懐かしい音を再現させているピアノ調律師の 酒井 美登さん 本町田在住 70歳
人生をかけて理想を追求
○…どんなピアノにも、そのピアノにとって一番と言える音色がある。「今の自分が持つ技量のすべてをかけてその音を追求したい」。ピアノ調律師として50年。多いときには年間600台以上を調律し、現在では各地から仕事の依頼が舞い込む。それでも「毎日が修業。これまで100%できたと思ったことはない」と謙虚に語る。
○…ピアノも人間と同じようにそれぞれ個性がある。「扱いやすいタイプもあれば、気難しいものもある。これまで向かい合ってきた一台一台が自分を成長させてくれた」。大手楽器メーカーの工場がひしめく静岡県浜松市の生まれ。父親も楽器の素材に関わる仕事をしていた。ブラスバンドでクラリネットを吹いていた20代前半、たまたま見かけたピアノ調律師の仕事に目を奪われた。「世の中にこんな仕事があるんだと初めて知りました」
○…楽器メーカーに就職し、先輩たちの技術を目で見て学習し、調律師としての腕は独学で磨いた。毎年自分の中で成長するためのテーマを決め、20年後には目指す音を追求できるところまで到達することをイメージした。40歳のとき、かすかな光が見えたような気がした。「今思えば、それば本当の光ではなかった」と振り返る。
○…子どものころに聞いた音を求めて調律する55年前のピアノも、同世代に届けたいという思いがある。「自分と同じ団塊の世代には懐かしい音。当時を知る人に弾いてもらいたい」。現在のピアノは素晴らしい音を奏でる。それでも職人が見えない部分まで手作りした昔のピアノには今のピアノには出せない音がある。”過去の産物”にはしたくない。「弾いてもらえることがピアノにとって一番だから」。ピアノと対峙し、その声を聞き、人生をかけて理想の音を追求している毎日が楽しい。「箱ではなく、楽器として長く生かしてあげたい」。この仕事が天職だと思っている。
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2020年3月5日号