1946(昭和21)年に玉川学園創立者の小原国芳氏が呼びかけて行われた「玉川音頭」が、8月18日(土)、72年の時を経て復活する。当時の様子について取材した宇野津暢子さん(44)が開催の経緯を話した。
復活のきっかけは今年の春。玉川学園の街を紹介するフリーペーパー『玉川つばめ通信』を発行している宇野津暢子さんが、取材などさまざまな人を介して、「かつて玉川学園に『玉川音頭』なるものが存在したらしい」と知る。宇野津さんが理事を務める玉川学園地区社会福祉協議会で、町内会の男性から当時の様子を知る勝川淑子さん(82)の電話番号を教えてもらった。電話をかけると、その日のうちに勝川さんの家へ行くことに。そこから宇野津さんは、盆踊りがない玉川学園に「玉川音頭」を復活させ、「みんなで踊りたい」という思いを抱くようになった。
もともと「玉川音頭」は戦後すぐの混乱期、小原国芳氏が「みなさん元気を出して頑張りましょう」と呼びかけ、当時教職員だった田中末広氏が作詞、岡本敏明氏が作曲、岡田純子氏が踊りの振付を担当してできたもの。1946年8月15日、玉川学園駅前で岡本玉子氏のピアノ伴奏によって盛大に行われた。
戦前の価値観が否定され、行く先の見えないなか作られた同音頭は、「日本の応援歌のようなものだったのではないでしょうか」と勝川さん。参加した当時は小学5年生だったが、「あの日は下宿生が坂の上からピアノを運んでいて大変そうだった」と詳細に様子を語る。
それでも2小節分振付を覚えていないところがあった。「そこはアレンジをお願いしました」と、勝川さんから宇野津さんへバトンが渡される。
最終的に今年の開催が決まったのは6月。「実行力・決断力が玉川スピリット」と、決定から開催までのスピード感について2人は快活に話した。「平成最後の夏、元号が変わる前に復活できてよかった」
当日は飲食店6軒が出店。ビールやワインなども楽しめる。「玉川学園に足りないのは『演芸』ではないか。格式の高いものはあるけれど、庶民的なものもあっていい。音頭が街にこだましてくれれば」と宇野津さんは意気込みを語った。
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