大和版 掲載号:2011年4月8日号
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被災地から笑顔で赴任 宮城県多賀城市で九死に一生 下福田小で初の教壇

教育

初めての教壇に立つ千葉さん =4月5日・下福田小
初めての教壇に立つ千葉さん =4月5日・下福田小

 昨年夏の神奈川県教員採用試験に合格し、3月11日に発生した東日本大震災で被災した千葉美恵さん(22歳)が5日、配属先の大和市立下福田小学校で初めて教壇に立った。

 神奈川県で今年度、新たに採用された小学校の教員は1070人。このうち52人が大和市内の小学校に配属された。その1人、千葉美恵さんは、宮城県の太平洋岸にある多賀城市から大和市に赴任してきた。

眼前に大津波

 3月11日、多賀城市では震度5強の揺れを観測。地震から1時間ほどで大津波が街を襲った。津波により街全体の3割にあたる約6500世帯、1万5千人が被災。4月4日現在での死者・行方不明者数は198人にのぼっている。

 千葉さんは、多賀城市と隣接する七ヶ浜町の飲食店で地震に遭遇。

 揺れが収まるのを待ち、車で高台にある自宅に向かったが、普段は10分ほどの道のりが渋滞し、1時間以上かかった。

 その道すがらで、道路と並行して流れる川の底が引き潮で干上がり、真っ黒な濁流が川を駆け上がる津波に襲われた。

 幸いにも間一髪で難を逃れ、たどり着いた実家にも被害はなく、家族も全員無事だったが、友人宅が流され、大学の2歳年下の後輩が津波で命を落とした。

「生き証人として」

 「故郷を捨てるようで卑怯だと感じた」と、一時は就職のための上京をためらったが「内定が取り消される友達がいる中、大和市の方が優しく対応をしてくださった。それで覚悟を決めた」。家族に見送られ3月27日に上京。4月1日には一緒に配属された52人の同期と辞令交付を受けた。

 大和市教育委員会によると、千葉さんとは震災から1週間ほど連絡が取れず、安否も不明だったが、3月20日頃にようやく連絡が取れ、安どの空気が漂ったという。

 3月29日には、大和市の滝澤正教育長と面談。教育長から「あなたは生き証人。あなたにしかできないことがある。頑張ってほしい」と激励を受けた。

笑顔で宮城を紹介

 4月5日朝、下福田小の校庭で始業式が行われた。 千葉さんの担任は2年2組。始業式を終えた教室には、26人の児童が揃って着席した。

 30分ほどの学級指導で千葉さんは初めての教壇に立ち、この日のために用意した手作りの日本地図を黒板に広げ、故郷の宮城県を子どもたちに紹介した。

 千葉さんが「宮城県といったら何を思い浮かべますか?」と子どもたちに問いかけると、「地震」「津波」という答えが返ってきたが、千葉さんは子どもたちに配慮するよう、控えめに自らの体験を口にした。

 地図と一緒に用意した絵には、「笹かまぼこ」や「牛タン」「ずんだもち」など郷土の名産を描いた。その絵からは震災の悲劇は想像もつかない。

 教室には「もっと教えて」「宮城に行きたい」と、子どもたちの視線を一身に集める千葉先生の姿があった。「子どもたちに何かしら影響が与えられるようになりたい」-。千葉さんの教師生活がスタートした。
 

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